実は日立はこれ以前にも英国で実績を積み上げていた。前述のロンドン市内とユーロトンネル入口とを結ぶ高速新線「HS1」には、鉄道車両工場である日立製作所笠戸事業所(山口県下松市)で組み立てた「クラス395」が納入され、2009年から営業運行が始められた。2012年のロンドン五輪の際には、市内中心部とオリンピックパークとを結ぶ選手・観客輸送に大活躍したほか、日本で鍛えた「雪にも強く、定時運行への信頼性」は英国の人々を驚かせた。この「クラス395」の高い評判がIEP車両の落札につながったのは疑いない。
日立が英国鉄道界にもたらした「技術的革新」
2017年秋、ついに「クラス800」のうち、パディントン駅をハブとするグレート・ウェスタン鉄道(GWR)向けの車両が営業運転を始めた。最高時速が200キロという仕様のため、日本で当時走っていた新幹線と比べてスピードや流線型の構造で見劣りはするものの、音やにおいは日本の電車そっくり。試乗会に参加した際の筆者は、「このまま、名古屋や京都まで連れて行ってくれるのでは」と錯覚を覚えたほどだ。
「クラス800」には複数のバージョンがあるが、基本的には架線から電気を取るためのパンタグラフが付いており、見た目は「電車」だ。ところが、電車タイプの他に、非電化区間も走れるようにディーゼル発電機を搭載した「バイモード」車両仕様のバージョンもある。これは、架線がある電化区間は電車として、非電化区間はディーゼルカーとして走れる。
このバイモード車両の仕組みは、英国の鉄道界に日立が作り上げた「技術的革新」の一つとされる。それまでディーゼル車両の騒音や排ガスに悩まされてきた地方路線沿線の人々は、「1日も早く電化してほしい」との望みを持っていた。しかし、景観保護を優先したい観光路線では電化への切り替えへの希望を引っ込めた自治体もある。このバイモード車両のおかげで、トンネルなどの改造や架線を極力少なくし、高速化も実現できたというわけだ。
エリザベス女王2世も2017年6月、「IEP車両、初の乗客」として特別列車に試乗した時、このバイモードのテクノロジーについて興味を持ったと伝えられている。日立では現在、さらなる環境への負荷軽減のために、ディーゼル発電機の代わりに蓄電池を搭載し、そこから電力を得て走る車両の開発も進めている。
日本の最新技術と英国文化を取り入れた仕掛け
日立製車両を導入したグレート・ウェスタン鉄道には、かつて「インターシティー125」と呼ばれるディーゼル特急車両が1976年から走っていた。当時のテレビはブラウン管とトランジスタ回路でできていたし、各家庭ではケーブルがつながった黒電話が使われていた時代だ。「当時の最新鋭の技術」を使って作られたとはいえ、車両に使われていたドアは全手動という代物だった。