アサヒは、福島工場にゲルマニウム半導体検出装置を導入。原料水、原材料の放射線測定を始めていく。アサヒビール社長の小路明善は「製品の安心、安全を担保できる万全の体制ができた。福島工場の稼働率は、これから上げていきたい。工場閉鎖は、まったく考えなかった」と話す。
工場が復興し、残った工場関係者は輝いていた。やはり、生産してこその工場である。
あまりにも、いろいろなことがあった。「チーム福島」という文言も昔からあったが、震災以降は工場(生産)と支社(営業)との間で、強い響きを持つようになる。
加賀美は言う。「有事を経験して感じたのは、人はみんな一緒だということ。生産か営業か、アサヒか関係会社かなど、問題ではない。みんなが、心を一つにやっていく、その心をリーダーたちは受け止めていくのです。そのうえで、とにかく走っていく。いまは、新生福島工場としてスタートを切ったと私は考えています」。(文中敬称略)
(宍戸清孝=撮影 アサヒビール=写真提供)