フューチャーセンターは、欧州中心に、スウェーデンに始まり、オランダ、英国、デンマーク、フィンランド、イタリアなどに広がり、香港、日本へと広がってきました。米国でも対話の場をつくる活動は活発ですが、フューチャーセンターの普及はこれからです。

どうして、欧州の国々で、フューチャーセンターが発展してきたのでしょうか。

野村恭彦●イノベーション・ファシリテーター。国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)主幹研究員。富士ゼロックス株式会社 KDIシニアマネジャー。K.I.T.虎ノ門大学院ビジネスアーキテクト専攻 客員教授。 ©Eriko Kaniwa

そのヒントは、フューチャーセンターが「知的資本経営」から生まれた、というところにあります。知的資本経営に北欧諸国が取り組んだ最初の動機が、「我が国には大きな資源はないが、未来を創出する知的資本は豊かだ」ということを国際的な金融市場にアピールするためでした。ですから、「知的資本で勝負をする」国、あるいは企業にこそ、フューチャーセンターは重要な役割を持つことになるのです。

知的資本で勝負する国には、人材の魅力が必要です。アイディアの豊かさが必要です。そして他国との関係性が必要です。それらをつねに高め、他国よりもスピーディに実現する能力がなければ、資源が豊かな国に太刀打ちできません。だからこそ、北欧、オランダ、英国、そして香港、日本という、国土の小さな国でフューチャーセンターが注目されてきているのです。

私自身が台湾でフューチャーセンターの講演をしたときも、たいへん大きな反響がありました。世界の半導体工場になっている台湾ですが、コスト競争につねにさらされており、シェアが高い割に利益率は低い。もし国家としてフューチャーセンターを持ち、新しい産業を創出するようなリーダシップがとれれば、という期待が非常に高かったことを覚えています。

このような国家戦略的な観点からも、パブリックセクターでフューチャーセンターは広まりました。そんな中で、企業を中心にフューチャーセンターが広がってきている日本の動きは、世界からたいへん大きな注目を集めています。