「正義の道理を示した『義』。その『義』を貫く『勇』。それら『義』と『勇』を実践して昇華された段階で『仁』が生まれることが示されていて、その通りとうなずくことばかりでした。そして経営者にとって一番大切なことは、お客様との信頼関係を構築していくための『仁徳』だと確信しました。金融機関として、自らの行動哲理に裏打ちされた顧客サービスに力を入れようと意を固めたのです」

そうした川田さんの思いは徐々に現場へ浸透していく。銀行の顧客サービスは大きく「決済」と「相談」とに分かれる。具体的にいうと、前者は振り込みや送金などで、後者は資金の借り入れや運用などである。このうち資金の運用については、普通預金、公社債、投資信託などさまざまな金融商品が用意されているが、顧客に内容の説明が必要な点で共通する。

しかし、時間をかけて説明しても、もともと金融知識に乏しい人は、十分に理解できないことがある。「そうした場合は、無理に商品を勧めることはやめるように徹底しました。目先の手数料で利益をあげるよりも、お客様との長期的な関係を大切にしたほうが、双方にとって大きな利になるからです」と川田さんはいう。

いま川田さんは企業経営者を前にした講演会でよく『武士道』の話を行う。すると、講演が終わってしばらくして「自分の考えていたことが間違っていなかった」という感想をもらうことが多い。もともと日本には「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」の精神が存在し、そうした考え方は現代の経営者にも潜在的に受け継がれてきているのだ。一時、米国流の株主至上主義が席巻したことがあったが、『武士道』を読み直すことで自らの考えの正しいことに自信を持つことができるのだろう。

実はそうした行動哲理の確立以上に川田さんが重視しているものがある。「最終的に経営者に必要なものは社会的な付加価値を生み出していこうとするチャレンジ精神です。リスクと聞いて、危ないので避けたほうがいいと思う人が多い。でも、そのリスクの語源は勇気を持って試みるという意味のイタリア語、『リシカーレ』です。そんなリスクをもいとわないチャレンジ精神を支えるものが、サミュエル・スマイルズが『西国立志編』で説いた立志・自助の精神なのではないでしょうか」と川田さんは語る。

川田さんが社長時代に掲げた目標は「銀行業から創造性に富んだ金融サービス企業になろう」である。09年秋のリーマンショックを契機にした金融市場の混乱が尾を引き、銀行界は厳しい経営状況が続いている。しかし、そのなかで川田さんの意を受け継いだ“志士”たちは試行錯誤しながらも、己の義を通そうとたゆまぬ努力を払い続けていくのだろう。

※すべて雑誌掲載当時

(坂井 和=撮影)