何か新しい仕事に挑戦していくためには、己を変えていく必要がある。しかし、ついリスクを恐れて足踏みしてしまう。どうしたら勇気を持ってリスクにチャレンジしていけるのか──。その術を古典の教えから学びとった体験を追う。
セイコーエプソンものづくり塾 責任者 藤森将史 ふじもり・まさし●1987年、長野県生まれ。2006年、岡谷工業高等学校卒業後、同社に入社。09年9月の技能五輪国際大会のポリメカニクス競技に出場。

セイコーエプソンの生産技術開発本部に設けられた「ものづくり塾 技能道場」に所属する藤森将史さんは戸惑いを隠せないでいた。2009年4月、「カナダで9月に開催される技能五輪国際大会に出場しないか」と突然告げられたからである。08年10月の選手選考を兼ねた国内大会の精密機器組み立て競技で藤森さんは惜しくも2位に終わった。当然、1位の選手が国際大会に出場することが決まっていたのだが、個人的な事情で辞退せざるをえなくなってしまった。そこで藤森さんに白羽の矢が立てられたのだ。

この精密機器組み立ての選手が国際大会で挑むポリメカニクス競技は、これまで日本が八連覇した“お家芸”ともいうべきもの。特に前回の静岡大会での金メダリストは会社の先輩である畑弾手さんであった。出場受諾となれば、その栄光を引き継いでいく重責がまだ21歳の藤森さんの肩にのしかかってくる。

しかも、藤森さんは国内大会が終わった後、技能五輪の選手養成コースから外れて現場へ移るための研修に入っていた。

「2、3日休んだだけで、1000分の1ミリの差を判断する体の感覚は衰えてしまう」という厳しい世界だけに、残り実質4カ月でどこまで勘を取り戻しながら訓練できるのか、当然、不安も募る。

「そんなプレッシャーや不安を吹き飛ばしてくれたものが、選手として訓練するなかで養ってきた集中力でした」と藤森さんは振り返る。実は技能道場では集中力を養うユニークなメニューを取り入れている。3カ月に1回行われる一泊二日の合宿で「写経」を行っているのだ。