※本稿は、岩田規久男『資本主義経済の未来』(夕日書房)の一部を再編集したものです。
雇用改善の原因は「団塊世代の大量退職」ではない
アベノミクスの雇用の改善は著しい。失業率は民主党政権時代の4.3%(2012年)から2.4%(19年)に低下し、有効求人倍率は0.8倍(12年)から1.6倍(19年)へと倍増した。全都道府県すべてで有効求人倍率が1倍を超えたのは、63年の「有効求人倍率」統計公表以来、初めてのことである。雇用者が大幅に増加した結果、19年の実質雇用者報酬は民主党政権が終わる12年に比べて、8%増加した。
このような、アベノミクスの期間の雇用の大幅改善に対しては、「アベノミクスの期間に、生産年齢人口が減少するとともに、団塊の世代が退職したからだ」として、雇用の改善はアベノミクスの成果ではない、という主張がある。
しかし、デフレでなく、普通の景気であれば、経営者は、団塊の世代が退職するときになって、あわてて新卒採用を増やすのではなく、彼らが退職する時期は事前にわかっているのだから、早めに新卒を採用して、彼らが退職予定の団塊の世代の知識・技術を学べるようにして、知識・技術の継承をスムーズにしようとしたであろう。
しかし、アベノミクスが始まるまでの日本の経営者は、デフレが続くことを予想して、人件費を削減することを第一に考えていたから、団塊の世代の退職による大幅な従業員の減少に備えて、事前に正規社員を補充しておく必要を感じていなかった。言い換えれば、アベノミクスで経済が回復し、デフレ状態ではなくなったからこそ、団塊の世代の退職を埋めるための求人が増えたのである。
利益の再分配「トリクルダウン」は確かに起きた
「アベノミクスで恩恵を受けたのは、株式投資家と大企業だけで、トリクルダウン(たとえば、大企業の利益が増えれば、中小企業や労働者にその利益が及ぶという現象)は起きていない」という主張もある。
アベノミクスが始まった当初は、「雇用が増えたといっても、非正規社員ばかりで、正規社員は増えていない」といわれたが、アベノミクスの7年間で、正規社員は149万人も増え、正規社員の有効求人倍率は1.14倍まで上昇した。これはトリクルダウンである。