約2億5000万円の減収でも「むしろ安い」

小田急の取り組みに共感して移住した家族は、積極的に鉄道を利用するだろうから、日常の利用回数も増え、大人の運賃収入につながるというわけだ。また効果は鉄道だけに留まらない。同社が経営する不動産や百貨店、スーパーマーケットに加え、箱根や江の島などの観光利用に繋がるなど、グループとしての相乗効果も期待できる。

元々、鉄道利用者に占める小児の割合はごくわずかで、運賃も半額であるため大きな収入ではない。小田急によれば運輸収入に占める小児運賃の割合は0.7%で、値下げにより約2億5000万円の減収になると試算しているが、こうした効果を踏まえれば「広告料」としてはむしろ安いとさえ言えるだろう。

こうした問題意識はコロナ禍以前から共有されていたものだが、コロナ禍により時計の針が10年早く回り、2030年代を想定していた経営環境の変化が眼前に立ち現れたのが今の状況だ。今回の「小児運賃50円化」も3年ほど前、つまりコロナ禍以前から検討が始まっていたといい、図らずもコロナ禍によってさらなる注目を集めることになったわけだ。

生き残りをかけ「常識破り」に乗り出した

ではこれほど効果的な施策がこれまで行われなかったのはなぜなのだろうか。実は鉄道運賃は四半世紀ほど前まで運輸大臣(当時)の認可を受けなければ、一定以上の割引をすることができなかったのだ。

また鉄道営業法の定める鉄道運輸規程は「鉄道ハ十二年未満ノ小児ヲ第一項ノ規定ニ依リ無賃ヲ以テ運送スルモノヲ除キ大人ノ運賃ノ半額ヲ以テ運送スベシ(第十条)」と定めていたこともあり、小児運賃は普通運賃の半額というのが、誰も疑わない「常識」だった。

だが1997年に現在の「上限価格制」が導入され、国土交通省の認可を受けた上限運賃の範囲内であれば、国土交通大臣への事前の届出があれば原則として自由に割引することができるようになった。

ちなみに今回の小田急の「小児運賃50円化」も、運賃そのものの改定ではなく上限価格制のもとで、ICカード利用に限って運賃を割り引く扱いをしており、通常の磁気券の乗車券を購入した場合はこれまで通りの小児運賃が必要となる。

上限価格制が導入されたものの、2000年代に入って都心回帰が起こり都市人口は増加。大手私鉄は好景気に沸いたため、大胆な値下げを行うインセンティブが働きにくかったのは事実だ。しかしコロナ禍により状況は一変。アフターコロナと、その先に訪れる人口減少社会を生き残るには安穏としているわけにはいかなくなった。

今後、他の私鉄が小田急に追随する可能性はあるが、二番煎じではアピール不足だ。小田急を上回るアイデアとインパクトのある取り組みに期待したい。

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