職場では「うつ」に押し潰されそうだが、病欠中は元気に過ごせる。そんな症状はメディアなどで「新型うつ」と呼ばれている。精神科医の春日武彦さんは「新型うつは従来型のうつ病とは全く様子が異なり、患者は誤った解釈で自分はうつ病だと信じ込んでいるケースが多い」という――。

※本稿は、春日武彦『あなたの隣の精神疾患』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

水の入ったコップをテーブルの上に置き、錠剤を手のひらにのせている男性
写真=iStock.com/Vasil Dimitrov
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「新型うつ病」は医学用語ではない

新型うつ病(あるいは現代型うつ)などまことしやかな名称(医学用語ではない。むしろマスコミ用語に近い)が与えられているが、その実体は、神経症(抑うつ神経症)、職場恐怖症、パーソナリティー障害等々が「うつ状態」を呈しているケースを、一括してネーミングしただけである。したがって治療法はどんな疾患がベースになっているかで微妙に違ってくる。ただし従来型うつ病のように、抗うつ薬をメインにして乗り切るべき種類のものではない。

つまり、新型うつ病なるまったく新しい病気が登場したわけではない。名前とパッケージだけを変えて新たに売り出された「昔ながらの商品」みたいなものである。

では新型うつ病のどこが問題なのか。ひとつには製薬会社の啓発活動、もうひとつにはネットによる(まことしやかな)医学情報の拡散——この二つが深く関係していると思われる。

1999年に本邦で新しいタイプの抗うつ薬SSRIが発売されて以来、製薬会社は強力な宣伝活動を展開した。「うつ病は心の風邪」といったキャッチコピー、2000年には女優の木の実ナナを使った新聞広告「私は、バリバリの『鬱』です。/『うつ』を、いっしょに理解してください——/木の実ナナさんからの、お願いです。/人間は、だれでも『うつ』になる可能性があります。/女優・木の実ナナさんもそんな一人。」、2002年「『うつ』――もう、一カ月もつらいなら/気分が落ち込む、何をしても楽しくない……一カ月つづいたら、お医者さんへ」、2004年「毎日、つらかった」、といった調子で、併せて製薬会社は相談窓口を開設したり、治験の募集も行った。

自分がうつ病だと信じ込む患者が増えたワケ

当時はまだ精神科受診には二の足を踏む人も多かったし、うつは「気の持ちよう」と考える人も多かったから、こうした啓発がプラスに作用した面は確かにある。だが同時に、〈気が沈んだり「やる気」が起きなかったらそれはうつ病です→抗うつ薬さえ飲めば問題は解決します〉といった短絡した図式が世間に定着してしまった。

ネットではうつ病チェックリストの類が横行し、あまりにも単純化された「うつ病についての解説」「抗うつ薬の素晴らしさ」が喧伝され、精神科医はSSRIを商うドラッグストアの店員と大差のない存在とされるようになった。いささか極端に申せば、そのような流れになる。