欧米の身体表現を学べば外国語も上手くなる

「オペラ歌手の楽器は自分の肉体です。イタリア人歌手は、口内の筋肉を動かして発語する型を作り、その上に息を通し、言葉を乗せます。一方、日本人には筋肉を動かすという発想がないから、楽器がゆるんだまま発語し、あとから息が出る。筋肉と息と言葉の関係がバラバラになってしまいがちなのです」(同前)

たとえば、いわゆる「三大テノール」の一人としても一世を風靡ふうびしたルチアーノ・パヴァロッティの歌を聴けば明瞭だと思う。

ルチアーノ・パヴァロッティの歌声は、神に祝福された声とも称された。2002年6月15日、スタッド・ヴェロドローム(写真=Pirlouiiiit/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)
ルチアーノ・パヴァロッティの歌声は、神に祝福された声とも称された。2002年6月15日、スタッド・ヴェロドローム(写真=Pirlouiiiit/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

たしかに母音を強調しているが、日本語よりはるかに奥行きがあり、響きが深い。

海外に長く住んでも、この問題に気づかない日本人が多いのだが、なぜだろうか。

だれでも母語は無意識に発語し、舌をどう使い、どの筋肉を動かし、息をどう通すかなど意識しない。だから、イタリア人は(ドイツ人でも、フランス人でも)日本人の発音がどこかおかしいと思っても、原因を指摘するのが難しい。その結果、日本人も、なにを修正すべきなのか気づきにくいのだ。

すでに述べたように、日本語は身体表現なしに発語できるが、欧米の言語は、しゃべること、そして歌うことが、そのまま身体表現になる。言うまでもなく、オペラの歌唱はその延長にある。

そのことについて、おそらく韓国人のほうが気づきやすいと思われる。というのも、韓国の英語学習熱は日本と比較にならないほどすさまじく、小学生のうちから週に3~5日塾に通い、1回につき3~6時間、ネイティブの講師のレッスンを受けるケースも珍しくないという。欧米の言語の「身体表現」が身に付くわけである。

日本人オペラ歌手で活躍が期待されるのは…

現在、コロナ禍で欧米人の発語や発声に接する機会が減り、日本人のオペラ歌手にとっては、いっそうの困難が続いている。しかし、主に自己肯定感と発語の問題をクリアできるなら、世界に伍する歌手がもっと現れるはずだ。

実際、新国立劇場の2021/2022シーズン開幕公演、ロッシーニ『チェネレントラ』でヒロインを歌ったメゾソプラノの脇園彩のような例もある。ミラノに住み、イタリアでの舞台経験も豊富な彼女は、早くから世界レベルだったが、さらに磨かれていた。ここに記したさまざまな問題が克服されれば、日本人も世界で活躍できるのだ。

最後に、日本人が欧米の言語をしゃべる際、上手に発音できない原因も同じところにあることを指摘しておきたい。日本語の特徴を理解したうえで欧米人の身体表現をまねながら、自信をもって訴えることができれば、オペラにかぎらず外国人との間の意思疎通は、もっとスムーズになると思うのだが。

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