検討会を実施したことで冤罪を防ぐことができた
本件では、診療に当たった救急医が外傷性頚動脈解離と診断した部に、解剖・組織検査上、そのような損傷を認めず、亀裂を伴う強い動脈硬化を認めた。このように、解剖は、臨床上の誤診を訂正することが少なくない。
なお、本件では、死亡当日、カテーテル挿入後間もなく容態が急変したので、医療行為と死亡の因果関係も問題となったが、診療経過の分析により、肺炎の病状の悪化と判断された。
Aが入院した直後のMRIを脳外科医に見せると、喧嘩の際に発生したと考えられる新鮮で大きい急性梗塞に加え、少し前に発症していた亜急性梗塞の存在を指摘された。時期の異なる脳梗塞の反復は、共通の血栓源の存在を示唆する。
その原因として、Aの心房細動の既往から、心房内の血栓が、喧嘩の最中、急性脳梗塞を生じさせたこと、亜急性梗塞も心房由来の血栓によるものと衆議が一致した。つまり、Aの死因はBとの喧嘩とは無関係のものだったのである。
検討会に参加した担当検察官は、議論を聞いて理解し納得した様子であり、Bを傷害致死罪で起訴することを止めた。
本件では、診療を担当した有名大学病院の救急医が、外傷性頚動脈解離が脳梗塞の原因であると断定し、検察官・裁判官がこの意見を受け容れた。その結果、傷害と脳梗塞の間の因果関係が認められ、喧嘩相手の被告人Bは傷害罪の有罪判決を受けた。
ところが、事例検討会において、脳梗塞の原因が心房細動であると衆議が一致したことから、Bは傷害致死罪を問われず不起訴になったのである。
冤罪を防ぐためには「検討会アプローチ」を実現すべき
本件において、検討会を行わなければ、検察官が、当初の救急担当医の結論を追認して起訴し、Bは傷害致死の罪を問われた可能性が高い。
なぜなら、警察官や検察官は、専門家に意見を聞く時、一人ひとり、最初の見立てを前提に聞くので、「○○大学の救急医がいうなら、ありえない事ではない」と答えた可能性が高いからである。
この事例に関する検討会の経験から、一流病院や大学の専門家や権威の意見を妄信して法的判断することの危険性が痛感される。
そして、客観的・公正な医学的判断のためには、複数の経験豊富な救急医と法医が先入観なく、容態急変を含む診療経過、既往症、画像、解剖所見を自由に議論しながら検討しなければ、正しい医学的結論を導けないことが明らかである。
現状では、司法解剖の情報公開を禁じる法の壁に阻まれているが、冤罪を防ぐためには、事例検討会のアプローチの実現が求められる。