「事実認定」を軽視して“見立て”を優先する裁判官

湖東病院事件は、メルボルンであれば、多くの医療関係者、法医、コロナ―が、診療経過と解剖所見を基に議論・検討し、その結果に基づいて法医病理医や法曹(コロナ―)が正しく死因を診断できるので、事件にはならない。

しかし、日本では、医療専門家がカルテをチェックすることもなく、一警察官の見立てに従った作文(供述調書)が積み重ねられて「事件がつくられた」のである。

そして、英米法圏諸国では公開される死因究明情報も、日本では検察官が刑事法廷で公開する以外には公開されず、法医鑑定や捜査情報も、関係者や専門家の目に触れない。そのため、誰も、鑑定や起訴の誤りに気づくことがない。

そのうえ、検察官は、いったん起訴すると、協力する専門家を使って有罪判決に導き、判決を維持しようとする。多くの裁判官は、医療や死因究明に関する知識・経験が乏しいのに、検察官の主張する「事実」の正否をチェックしないで、自らの「心証」(見立て)に合う判決を書ける。そして、誰からもチェックされないのである。

死因究明は、刑事捜査と切り離して、医療の一環として行うべきである。ビクトリア州のアプローチが理想的であるが、簡単に法改正はできない。そこで、法改正せずに実施できる事例検討会の有効性について最後に紹介する。

私は、以前、多数の法医、救急医と一緒に、医療を経て司法解剖となった50余りの事例について検討会を行ったことがある。次のパチンコ屋事件のように、冤罪防止に役立った事例もある。

傷害事件の5カ月後に被害者が死亡した事例

本件では、60歳台の男性2名が、パチンコ台を取り合って殴り合いをし、5分も経たないうちにAが倒れ、大学病院に救急搬送された。CTにて脳梗塞が見つかり、救急医は、その原因を、外傷性頚動脈解離と診断した。

パチンコ
写真=iStock.com/Mlenny
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そのため、喧嘩相手のBは、5カ月後、刑事裁判において、傷害罪で有罪の判決を受けた。

ところが、Aは判決の翌日、死亡した。診療経過を見ると、死亡の約1カ月位前から肺炎の病状が悪化し、食事を口から摂取できなくなったので、頚部の静脈にカテーテルを挿入したが、直後、急速に容態が悪化したのだという。

担当検察官が、被害者の死が暴行に起因するか否かの判断に依って、傷害致死で起訴するか否か、拘留期限(20日間)中に決めたいので、司法解剖を担当した私に早く判断して欲しいと要望した。そこで、解剖の翌週、事例検討会において検討した。

外傷性頚動脈解離とは、頚部の打撲により頚動脈の中膜が裂け、そこに血栓が生じる病態である。この血栓が脳動脈を詰まらせ脳梗塞を生じる。そして、脳梗塞患者は、意識障害のため、肺炎を起こしやすい。

このように、暴行の最中、あるいは、暴行後間もなく容態急変が急変した場合、暴行と容体急変との間に、実際には因果関係はないのに、裁判では因果関係が認められることが多い。しかし、解剖してみると、暴行と無関係の原因によって容態が急変していたと判明する事例が少なくない。