なぜ冤罪事件は起きてしまうのか。東京大学名誉教授で法医学者の吉田謙一さんは「日本では警察や検察が“見立て”に従って捜査を進めるため、冤罪が起きやすい状況にある。警察にとって都合のいい証言をする専門家も少なくない」という――。
西山美香さんの再審判決で無罪が言い渡され、垂れ幕を掲げる弁護士
写真=時事通信フォト
西山美香さんの再審判決で無罪が言い渡され、垂れ幕を掲げる弁護士=2020年3月31日、大津市

「死因不詳の死」を究明することが法医学者の使命

法医学者の使命は、解剖を通して「異状死」の死因を究明することである。

異状死とは、事故、中毒、傷害、熱中症等の「外因死」及び救急搬送後の診察と検査によって確実に病死・自然死と診断できなかった「死因不詳の死」を指す。

異状死を診た医師は、所轄警察署に届け出を求められる。例えば、心不全と診断されて通院中の患者が、容態が急変して搬送された後、心不全の悪化によって死亡した場合、医師は自然死として死亡診断書が交付できる。

しかし、同じ患者が心肺停止状態で救急搬送され心拍が戻らないまま死亡した場合などは、医師が異状死として警察に届け出ることになる。警察は、異状死のうち、犯罪や業務上過失を疑う事件については、法医学者に司法解剖を嘱託し、法医学者は鑑定書を提出する。

本稿では、筆者が、再審弁護団の依頼を受けて、再鑑定を行った「湖東病院事件」を例に、警察主導の死因究明と法医学鑑定の問題点について述べる。

なお、本稿の内容の多くは筆者が出した『法医学者の使命「人の死を生かす」ために』に基づいている。

無実の罪で懲役12年の実刑判決を受けた看護助手

平成15年5月、滋賀県東近江市にある湖東記念病院で、人工呼吸管理中の高齢者が心肺停止状態で発見された後、当直の看護助手が呼吸器のチューブを外したとされ殺人罪で懲役12年の実刑判決を受けた。

この高齢者は事件の7カ月前に、原因不明の体重減少、摂食困難が進行している中、呼吸異常が出現したため、救急搬送された。そして、入院直後に心停止し、心拍再開後に人工呼吸管理となっていた。

本件のように心停止・蘇生後、延髄の呼吸中枢が障害されると、人工呼吸器管理される。患者の気道に痰が貯まり1~2時間毎の吸引を要したが、これを怠った当直看護師が患者の死後、警察に「人工呼吸器のチューブが外れていた」と(真偽不明の)供述をした。

これを受けて、取り調べ担当警察官が、「誰かがチューブを抜去した」という“見立て”に従って関係者を追及していくなか、被告人が「チューブを抜いた」と供述したため起訴され、有罪判決を受けた。その後、再審となり2020年3月31日に無罪判決が下った。