※本稿は、村井純、竹中直純『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
悪貨の後には良貨が出てくる
【竹中】今、SNSでの誹謗中傷で自殺する人が出てきたり、フェイク情報が発信されたり、インターネットの負の面も大きく取り上げられるようになりましたが、村井さんはこういう状況を予想していたんですか?
【村井】1984年10月に日本で「JUNET(Japan University Network/ジェーユーネット)」というコンピュータのネットワークにつないで電子メールをやりとりするということを始めたんだよ。
【竹中】村井さんがデータのやりとりをするために慶應義塾大学と東京工業大学を個人的につないだんですよね。これが日本におけるインターネットの実質的な起源といわれている。
【村井】そうしたら、あっという間に多くの大学や企業の研究機関が参加してきた。で、JUNETでは電子メールと電子ニュースのやりとりをしていた。電子ニュースは基本的にはバルク(一括)転送で、アメリカのネットワークから時々ドカンとまとめてニュースを持ってきて日本で配る。日本のニュースもまとめてアメリカに送る。アメリカで日本のニュースは「fj(From Japan)」というカテゴリーで分けられていた。その他にもいろいろなカテゴリーがあって、みんな勝手なことを書き込む「掲示板」という感じのソフトウェアだった。実は、この時にも掲示板で他人の悪口や誹謗中傷をいうやつがいたんだよ。普段はおとなしいのにオンラインになると人格が変わってしまう。それで知り合いが説得しようとするけど上手くいかない。逆に反論されて負かされてしまう。普通のコミュニケーションとオンラインのコミュニケーションでは何か違いがある。
【竹中】そうですね。当時の様子がありありと記憶に残っています。
【村井】他に「不幸のメール」とかもあるよね。「このメールを5人に送らないと不幸になる」とか。これは俺が小さい頃からあった「不幸の手紙」のメール版。あと、JUNETでは「ネズミ講(無限連鎖講)」が流行ったこともあった。夜中の2時頃に新聞記者さんから電話がかかってきて「ネズミ講の温床になっているようですが、JUNETは何のために作ったんですか?」って質問されたんだよ。だからすぐに調べたら、流通している情報は「これはネズミ講だから気をつけろ」というものだった。
【竹中】すでに注意喚起の情報が回っていた。
【村井】それでわかったのが、悪い犯罪みたいなのが流通すると、その後から「気をつけろ」という情報も流通する。悪貨の後に良貨が出てくるんだ。だから、悪口とか誹謗中傷があっても、「悪口とか誹謗中傷とかやめろよ」という動きも出てくるはずだから、インターネットの中ではバランスが取れていくんじゃないか、最後にはみんなの力で落ち着くんじゃないかと思った。ただ、インターネットは現実社会と比べて広がる速度が速いし、規模が大きい。実は、そういうことは80年代にはすでにわかっていたんだよ。
【竹中】実社会でも、我々の知らないところでもっと陰湿なことが起こっているかもしれませんからね。
【村井】だから「作る時から、悪口や誹謗中傷で傷つく人が出ることはわかっていたのか?」って、よく質問されるんだけど、作っている時には「コンピュータとコンピュータをつないでデジタル情報を流通させよう」というところから始まって、それを「みんなに使ってもらうためには、喜ばれるものでなければいけない」から「ユーザーが満足するものを作ろう」ということになるわけ。我々の使命感は「デジタル情報を伝えるグローバルネットワークを作ろう」ということにあったんだよね。