国連はヒューマンライツ(人権)として「インターネットへのアクセス」を盛り込もうとしている。“日本のインターネットの父”とうたわれる慶應義塾大学の村井純教授は「これは危険だ。ネットの財産は意見を共有できる空間があることだ。国家権力が深くインターネットに関与すると、ただひとつの自由空間が失われる可能性がある」という——。

※本稿は、村井純、竹中直純『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

PCを操作する人
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インターネットは“人間がやるべきこと”を可能にする

【竹中】失礼な言い方かもしれませんが、村井さんの次の世代の人間は何をやるべきなんでしょうか。

【村井】俺は「人間の望んでいること」や「解決したいこと」を社会の中で実現するのが、インターネットだと思っている。だから、例えば新型コロナのようなグローバルパンデミックが起こった時に「何ができるのか」をみんなで発想したり、実現したりする環境を整えていくことが必要だと思う。

【竹中】といいますと?

【村井】インターネットって「IPでつながっています」というところから、その先の状況はどんどん発展しているよね。「動画が自由にやりとりできるようになりました」「暗号化ができるようになりました」「ビデオコンファレンスを家族みんなが同時にできるようになりました」とか、そういう発展はサービスを作っている側はそのすごさや便利さに気づくけど、作っていない側の人たちは気づかなくてもよくて「自然にできるようになった」「簡単にできるじゃん」って思えることが大事なんだ。

【竹中】いつの間にか生活の一部になっていると。

【村井】生きている人間や社会が意識しないでインターネットの恩恵を受けられる。そして、“人間がやらなければいけないこと”“自分のやりたいこと”ができるようになる。そう思って俺らはこれまでやってきたし、それを今後もずっと続けていってほしいとは思う。

【竹中】頑張ります。