「説明責任を果たしたくない」ワンマン理事長たち

財団法人並みのガバナンス改革というのは、評議員に理事や職員の兼務を禁じ、独立した立場から理事会をチェックする仕組みに変えるのが第一歩ということになっている。実際、ガバナンス会議でもすでに評議員会の機能見直しについては議論を終え、合意に至っているという。

もちろん、こうしたガバナンス強化への反対派もいる。自由を謳歌おうかしてきたワンマン理事長は自らが縛られることに抵抗している。本来は、ガバナンス体制を強化すれば、理事会や理事長の正当性(レジテマシー)が向上し、学校全体を動かす上で力を持てることになるのだが、とにかく説明責任は果たしたくない、ということなのだろう。

ガバナンス改革会議のメンバーでは東京理科大学の「会長」である本山和夫・元アサヒビール副社長が文科省事務方の「推薦」で加わっている。前の理事長で強権を振るってきたと同窓会などから批判されている人物だ。会議では本山氏が座長の制止も聞かず、長時間にわたって反対論を読み上げていたが、大学は特殊で他の公益法人とは違う、といった説得力のない主張に終始した。会議は元公認会計士協会会長の増田宏一氏らガバナンスの専門家で構成されており、選考過程では大学の利益代表は入れない、という話だったにもかかわらず、文科省事務方が無理やり押し込んだとされている。

文科省は「生殺与奪の権限」を奪われたくない

なぜ、文科省はガバナンス改革に抵抗するのか。冒頭でみた「寄附行為」は文科省の許認可事項になっており、変更するにも文科省の意向に従わないと通らない。事後の処分権限ではなく、事前の許認可権を握っているのだ。これで文科省が学校法人の生殺与奪の権限を握っているとも言えるだろう。金融行政などで旧大蔵省が取ってきた「護送船団方式」である。文科省は、そうした権限を奪われることに抵抗しているのだろう。

文部科学省
※写真はイメージです。(写真=iStock.com/SakuraIkkyo)

だが、逆に言えば、大学のガバナンス不全を放置しているのは、寄附行為を認可している文科省が十分な監督を行えていないためだとも言える。日本大学問題はガバナンス不全を見逃してきた文科省にも大きな責任があると言っても過言でない。実際、監督権限を握りたがる文科省が、私立大学だけで600近くある全国の学校法人のガバナンスをすべて監督する力があるはずもない。不正を防ぐ自律的なガバナンス体制を早急に構築することが、不正疑惑を根絶するうえで喫緊の課題である。

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