カツカレー人気の火付け役は、日本食チェーンのワガママ

1960年代から80年代がチキンティッカ・マサラに代表されるインド式カレーの時代だとすると、90年代以降は、さらにバラエティに富んだ海外の食文化がイギリスに到来しはじめた時期でもあり、その中に日本式のカレーもひそかに含まれていた。

もともと日本食はヘルシーなイメージから健康志向の富裕層に人気で、すしや刺身は高級食として、言い換えれば通好みの食分野として認識されていた。いわば「ゲイシャ・フジヤマ」の延長線上にある伝統の日本食である。

それがアニメやゲームなど日本のサブカル文化が注目されはじめると、次第に日本のB級グルメが若い世代を中心にもてはやされるようになる。ヨーロッパ各地で開催される日本のサブカル祭りではフード屋台も一緒に出るので、カジュアル・フードの認知度も共に高まってきたのだ。

しかし最も直接的に日本式カレーの普及に貢献した存在であり、現在のイギリスにおけるカツカレー人気の火付け役と言えば、香港系の事業家が1992年に創業した日本食チェーン、Wagamama(ワガママ)である。

ワガママの実店舗
筆者撮影
英国各地に展開するワガママの実店舗。

ワガママはポップで現代的なデザイン・コンセプト、カジュアルなストリートフード風のメニューで若い層に刺さり、すぐさま行列ができる人気者になった。創業当初、メニューにある「ラーメン」という文字に色めき立つ在英邦人は多かったが、残念なことに日本のラーメンへの敬意が感じられないコクなしスープとのびのび麺であることが判明し、日本人にとってワガママは永遠の鬼門となってしまった。これはわれわれにとってはかなりの痛手だった。なぜならこの後、本格ラーメン時代の到来まで20年を待たねばならなかったのだから。

約150店舗で1日1万食以上を売り上げる

ネーティブの日本人からは毛嫌いされながらも、ワガママはカジュアルな日本食の楽しさを現地の人々に知らしめる役割を着実に担っていった。何よりチキンカツを使った日本式カレー「chicken katsu curry」というメニューを生み出した貢献は大きい。

ワガママのchicken katsu curry
筆者撮影
ワガママのchicken katsu curry。

チキン・カツカレーは「鶏肉のフライ+ライス+カレーソース」という英国でもおなじみの食材を使った組み合わせであるため、日本食初心者にも安心感をもたらし、素早く受け入れられていった。イギリスに定着しているカレー文化のおかげである。

日本独自のカリカリとしたパン粉を使ったサクサクのチキンカツと、たっぷりのライス、ココナッツミルク入りのマイルドなカレーソース。しかもカツがライスの下に敷かれているというアバンギャルドな盛り付け。ボリュームも含め、その迫力あるおいしさは特に若い男性を中心に人気を博し、同社のナンバーワン・メニューに躍り出た。現在も英国内約150の店舗で1日1万食以上を売り上げる人気アイテムとして君臨している。確実にファンを育てているのだ。

ワガママが創り出したカツカレーファンたちは、他店でもカツカレーがあれば注文するカツカレー愛好家へと育ち、新しいアジア系レストランやカフェに対してもメニューにカツカレーを加えさせるフォースとなった。

ちなみに筆者の独自調査では、創業初期の何年かに渡って、ワガママでは日本の大手食品会社からカレールーを調達していたらしいとの情報がある。それが本当だとすると、ワガママのカツカレー愛好家が好んだのは、まさに日本の味だったことになる。

2003年に創業した日本食ファストフード・チェーン「Wasabi(ワサビ)」でも、チキン・カツカレーは定番ベストセラー。ワガママが30年かけて育んできたカツカレー文化を共に盛り立てる存在だ。現在はたいていのアジア系レストランでカツカレーを扱っているほか、各スーパーの調理済み食品レンジに入っている。