バーネット『小公女』(1905年)の原題は「A Little Princess(小さなお姫さま)」。ロンドンの寄宿学校を舞台にした波瀾万丈の物語です。しかし、文芸評論家の斎藤美奈子さんは「単なるお姫さま物語ではない」と指摘します。主人公セーラの意外な性格。昔ながらのおとぎ話と、どこが違うのでしょうか——。
※本稿は、斎藤美奈子『挑発する少女小説』(河出新書)の一部を再編集したものです。作品からの引用は『福音館古典童話シリーズ41 小公女』(高楼方子訳、2011年)より。
インド育ちのお嬢様がロンドンへ
物語は、暗い冬の日のロンドンからはじまります。どんよりとした霧が立ちこめる中、〈いっぷう変わった雰囲気の少女〉が父親と辻馬車に乗っている。
この少女が主人公のセーラ・クルー、当年とって7歳です。この子はイギリスの植民地であるインドで生まれたのです。母はフランス人ですが、娘が生まれてすぐに亡くなり、セーラは父と2人、召使いが大勢いる豪邸で暮らしてきました。
植民地育ちの子は大英帝国の正しい紳士淑女に仕立てるべく、一定の年齢になると本国の学校に入れられるケースが多く、セーラがロンドンに来たのも寄宿学校に入るためでした。ですが彼女は、親元を離れて学校に入ることを望んでいません。インド育ちの彼女にとっては、気候も風土も異なるイギリスこそが「異国」ですし、父親とも離れたくはないのです。
娘に死ぬほど甘い父親
で、その父親ですが、この人はなかなかに問題のあるやつです。
「クルー大尉」と呼ばれているように、彼はインドに駐留する英国の軍人です。と同時に、親の資産を受け継いだのか副業に励んだのか、大金持ちです。
しかも娘に死ぬほど甘い。
〈セーラがほめたものは何でも買ってあげたいし、自分が気に入ったものもまた何でも持たせたい〉とかいっちゃって、7歳の娘の入学準備のためにロンドンの店でお買い求めになったのは、〈高価な毛皮の飾りがついたベルベットのドレス、レース地のドレス、刺繍をほどこしたドレス、柔らかで大きな駝鳥の羽根を飾った帽子、白テンのコートとマフ、小さな手袋やハンカチや絹の靴下が何箱も……〉。
貴族の嫁入り道具じゃあるまいし、完全にどうかしています。