電子書籍の普及で、スマートフォンなどのデジタルツールで長文を読む機会が増えている。『スマホ脳』(新潮新書)の著者で精神科医のアンデシュ・ハンセン氏は「スマホは便利だが、使い方には注意すべきだ。思考力においては紙の優位性は揺るがない。たとえば難しい内容の記事を読むときは、スマホより紙の本のほうがいい」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、大野和基インタビュー・編『自由の奪還 全体主義、非科学の暴走を止められるか』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

狩猟時代にマンモスに挑む人間のイメージ
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ここ10年で世の中は最も速いスピードで変化している

——あなたの著書“Insta-Brain”の邦訳『スマホ脳』(新潮新書)は、世界的な社会問題であるスマホ中毒の構造と処方箋を説き、ベストセラーになっています。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツは、デジタルツールが脳に有害な影響を与えることを認識しており、自分の子どもに対してその使用を制限していたといいます。あなたがスマホの負の側面について認識したのはいつごろからですか?

ここ5年ほどです。といっても、初めから負の側面を認識していたわけではありません。私はもともと人間の行動や認識、また人類史に強い関心をもっていました。そして5年前の2016年ごろにふと気づいたのです。ここ10年の世の中は、人類史において最も速いスピードで変化しているのではないか、と。我々の行動がここまで変わったことは、この10年間を除いて他にありません。その理由を何とかして理解したいと思いました。

——現代の病理について考える背景には、より深い人類史的視点があったわけですね。

現在の人類にとって、自動車やコンピュータを活用し、食べ物が安価な値段で手に入り、国境を越えてどこへでも旅行できる世界はごく当たり前のものです。しかし我々がこのような生活様式で生きているのは、人類の歴史からいうと、ごくわずかな期間にすぎません。現在の環境は、人類にとって当たり前どころか、きわめて特異な状態なのです。たとえそのようには感じられないとしても。

人類は自らの肉体と脳を狩猟採集民としてサバンナの生活に適応させましたが、その後1万〜2万年のあいだに肉体と脳に生物学的な変化が起きたかというと、何も起きていない。すなわちそれは、我々がいまだに狩猟採集民であることを意味しています。人間の生理機能や心理機能を理解するためには、我々が人類史上、生物学的には変化していない前提をまず押さえる必要があります。

その問題意識が、『スマホ脳』の執筆に至る出発点でした。そして、なぜデジタルライフは我々にとってこれほどまでに魅力的なのか、なぜ毎日3〜4時間(ティーンエイジャーは5〜6時間)もスマホやタブレットといったスクリーンの前で過ごすのか、スマホ中毒から逃れようと思ってもなかなかできない、その根幹にあるメカニズムは何か、などについて解き明かしたかった。私がこの本を書いた目的は、現段階で科学的にわかっている事実を読者に提供することです。私の本を読んで、最終的にどういう行動をとるかはその人次第です。

現代社会で最大の商品は人間の関心

——デジタルツールという人類にとって画期的な発明が、我々に負の影響を及ぼしている側面は否めませんね。

実に多くの企業が我々の弱さにつけ込み、莫大な利益を上げています。それらの企業は、いままで我々がみたことがない形に世界を作り変え、社会のインフラとして確立している。ひいては我々の思考回路や情報の受け取り方、生き方さえも変えています。

たとえば、勘違いしている人が多いかもしれませんが、我々はフェイスブックの顧客ではありません。顧客だったら然るべき顧客サービスを得られるはずですが、そんなものはないでしょう。我々は顧客ではなく、フェイスブックの商品なのです。

現代社会最大の商品とは、何だと思いますか。お金ではありませんし、はたまた新型コロナウイルスのワクチンでもありません。それは、人間の関心です。我々人間の脳をハックして関心を集める力、これを各企業がまるで兵器のように行使している。こんな事態は、いまだかつて起こったことがありません。

もちろん、我々がデジタルライフに大いに助けられているのも事実です。そのプラスの側面はまず認識しなければなりません。そのうえで、デジタルライフから生じるマイナス面、副作用についても、真摯な議論を行なうべきです。いまスマホが引き起こしている副作用はほんの幕開けにすぎず、我々の生活は高度なテクノロジーに今後さらに浸食されていくでしょう。テクノロジーに我々が適応するのではなく、テクノロジーのほうを我々に適応させるべきです。そして、テクノロジーのメリットとデメリットを慎重に議論すべきです。