SF小説の中に文化大革命を隠した中国人作家の『三体』
いまでも読書が大好きです。2020年に読んで印象に残っている本は、バラク・オバマ元大統領も絶賛したという、中国人作家の劉慈欣が書いた『三体』でした。文化大革命で父親を殺された女性の天文物理学者を軸に話が展開するSF小説です。小説の冒頭で、文化大革命で暴れまわった紅衛兵たちによる殺し合いのシーンが出て来ます。いわゆる内ゲバです。1970年代に日本でも過激な学生運動のセクトが内ゲバを始め、多数の死傷者が出たのですが、同じようことが中国でも起きていたのです。
私は大学の講義で中国現代史を教えるときには、「中国の文化大革命というのがどういうものだったかは『三体』の冒頭を読めばわかる、あの通りのことが起きたのだ」と話しています。
「いまの中国でこんな小説が出版できるのか」と驚きを持って読んだのですが、巻末の訳者あとがきを読んで納得しました。中国語版では文化大革命の話は中のほうにこっそり入っているそうです。さすがに冒頭で紅衛兵同士の殺し合いの話は無理だったのでしょう。それでも、中国の指導者たちがSFを読まないので、こういう小説が出版されているのですね。
事実と取材を徹底した半藤一利の本はよくできた推理小説のようだ
歴史を学ぶというのは過去についてあったことを知るだけでなく、未来について考える力を身につけることです。
作家の半藤一利さんが2021年1月、90歳で亡くなられました。もっともっと、たくさんのことを教えていただきたかったのにと思います。
半藤さんと初めてお会いしたのは、2008年8月15日にテレビ東京で放送された『何故あの戦争は始まったのか』の収録でした。
その後も、テレビ東京で戦争特番をつくるときに半藤さんに監修をしていただくこともありました。とくに印象に残っているのは、2018年8月放送の『「日本のいちばん長い日」が始まった』です。半藤さんが編集者時代の代表作『日本のいちばん長い日』がベースになっています。1945(昭和20)年8月15日、ポツダム宣言の受諾が国民に知らされた日。あの日のことを半藤さんは資料を読むだけではなく、政府や宮中などの、当事者80人に取材されたそうです。そうして軍のクーデター計画を中心に、緊迫の24時間を明らかにした作品です。
この作品からわかるように、半藤さんは昭和天皇を敬愛されていたのでしょう。また、青年将校たちが、どういう思いでクーデターをして終戦の決定をひっくり返そうとしたのかがよくわかります。
半藤さんはご自身のことを「歴史探偵」とおっしゃっていました。これはつまり、自分は歴史学者ではない、でも資料を読んでいると文献と文献の間には必ず齟齬がある。そこは実際に人に会って話を聞くなり一つひとつ徹底的に追求して、あとは推理を加える。自分は埋もれた真実を掘り起こす「歴史探偵」なのだということです。なるほど、半藤さんの本を読んでいると、よくできた推理小説のようなのです。