20年間の薬物依存は親のせい

▼乱用者D(男性)

若い頃は親に寄生して生きていた。高校の頃にクスリと出会った。仕事をしていた30代でも、親の支配は続いていた。自分が仕事に出ているとき、母親が部屋を掃除に来たり、何かと世話を焼く。煩わしかったが、困れば親に泣きつけばいいという思いもあった。

20年位クスリを続けて、依存症になったのは親のせいだと思った。しつけは厳しいし、言いたいこと言わせてくれない。そうした気持ちがある一方で、親に死なれたら困る――支配されたくないけど、依存できると思っていた。

「母子カプセル」という言葉を知った時、納得した。支配と依存の関係の継続。親子の関係を超えて、その外にある世界が見えなくなっていた自分に気づいた。

ダルクの仲間と共にプログラムに参加して、仲間と共に社会性を身に付ける訓練をしている。これは、自立ための一歩。日を追うごとに、自分の人生を生きている感じがしてきた。自分の人生を、自分の意思で生きるために、親との距離を考える。そして、依存しないこと。いま、実践中である。

自助グループを運営する薬物乱用経験者

先述した薬物乱用者のリアルな声は、北九州DARC=ダルクという「薬物依存から立ち直るための自助グループ」において、薬物離脱プログラムに参加している人たちから聴取した。

ダルクとは、ドラッグ(DRUG=薬物)のD、アディクション(ADDICTION=嗜癖、病的依存)のA、リハビリテーション(RIHABILITATION=回復)のR、センター(CENTER=施設、建物)のCを組み合わせた通称である。ここでは、さまざまな薬物依存を対象に、適切なプログラムと医療サポートにより、依存傾向からの回復を目指す活動を行っている。

このDURCを運営する堀井宏和代表も、かつては薬物乱用者であった。現在の精悍な風貌からは、そうした過去は伺い知ることができない。筆者は、堀井氏の過去――つまり、なぜ薬物の乱用に至ったのかという入り口、そして、薬物乱用から回復したプロセスを詳しく知りたいと考え、失礼を承知しつつ直球で尋ねてみた。