薬物乱用者は何をきっかけに沼にはまったのか

▼乱用者A(女性)

薬物とつながる前は、グタグタになって生きていた。私は、ひっそりと腐ってゆく冷蔵庫の底の野菜のような人間だと思っていた。自分が楽しい時間は、日常生活では得られないと思って薬物に手を出した。

自宅の床に座っている悲しい若い女性
写真=iStock.com/kieferpix
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ダルク(薬物依存症からの回復をサポートする施設)に来て、薬物を使わないでよさげな生活もあることを知った。使わない時間を積み重ねることで、うっすらとではあるが、先が見えるようになった。しかし、先が見えることに慣れていない自分がいる。光が見えると悔しい――自分は腐ってゆかねばならないのに……戸惑い、ドロドロした感覚が懐かしいとも思える。

希望と不安が混在した生活を経て、ダルクのプログラムに参加することで、「私、腐りそう」と、誰かに話すことができるようになった。話ができる人、話ができる場所が与えられた。だから、今日1日、薬物を使わなかった。あ、今回は3日使わなかった……。そんなところから始めて、ちょっとずつやり直すことができるようになった。

▼乱用者B(女性)

もともと同性にヒガミやねたみがあった。だから、カワイイ――ムカつく。彼氏カッコいい――ムカつく。金持ち――ムカつく。高学歴――ムカつく。他人のすべてにムカついていた。

中学から女子校で周りがそこそこの家庭の子だった。私は、コンプレックスがあったと思う。自分にあるモノを見ずに、他人が持っているモノばかりに目が行く。19歳で薬物を使って楽になった。13年間、お酒とセットで薬物を使い続けた。周りには黙っていればいいと思った。黙っているのはうそではない。これは、自分ルール。嫌なことは酔って終わり。しかし、それでは解決しない。

ダルクのプログラムを続けるうちに、今日、幸せだなと感じるようになれた。夫とのたわいない会話、実家の親との会話に幸せを感じることができるようになった。他人を気にせず、自分のために前向きに生きてみようと思える。

バブルで遊び歩いていた頃、クスリに出会った

▼乱用者C(男性)

裕福な家庭に生まれて人生のレールが敷かれていた。バブル期に大学時代を過ごした。毎晩、遊び歩いていた。バブル崩壊後も、この生活が永遠に続くと思っていた。そんな時にクスリに出会って、ストレートに生きてきた人生がばからしくなった。しかし、それが転落の序章であることが後になって認識できた。

逮捕されて、執行猶予となったが、それでもクスリを使い続けた。そして、全てを失い、「どうやって生きてゆけばいいのか」途方に暮れた。

プログラムを始めて、クスリとの縁切りは自力では無理ということに気付いた。ダルクという場、依存症と戦う仲間、何でも打ち明けられる仲間がいないと社会復帰できなかった。

しかし、社会復帰して気づいたのは「普通の人になっちゃった」こと。過去の栄光は瓦解していた。そして、また、クスリに走ってしまう。その時は「自分はかわいそうだからクスリ使っていいんだ」という言い訳をして。結果、ヨレヨレになってダルクに帰ってきた。

いま、常に自分に言い聞かせている。「新しい人生を始めなくてはいけない」と。これは具体化するにはもう少し時間が必要だと思う。