音や匂いを感じ、意見を交わすことの価値

5月になり山崎氏は、新経営研究会にオンライン見学会への切り替えを提案した。提案は受け入れられず、「ウェブでやっても無意味」といわれた。

新経営研究会の異業種・独自企業研究会が大切にしてきたのは、「人と人とのダイレクトな交流、そして現場を踏むこと」、すなわち「現場・現物・本人と実際に出会う、触れること」である。経営やものづくりの指導的な立場にある人たちが、技術や経営、科学や文化などの領域で革新的な挑戦を行っている組織や個人のもとを訪れ、現場に直接触れ、夢や未来をめぐる議論を交わす。このような場の提供に異業種・独自企業研究会は努めてきた。

こうした研究会のあり方を踏まえると、見学会は、話がオンラインでつながれば、ビデオを見れば、事足りるわけではない。人と人が出会い、工場のなかを歩くことに意味がある。ビデオのカメラが向いているところだけではなく、360度対象外からも飛び込んでくる光景や音や匂いを感じる体験に価値がある。実際の体験を振り返り、ワイワイ、ガヤガヤと意見を交わすことに意義がある。

オンラインであってもやり遂げたい

ここで中止に踏み切る選択肢もあったはずだ。しかし、山崎氏は、工場見学は何とかして行いたいと考えていた。オンラインはそのための有効なツールとなりそうだった。山崎氏は、重ねて提案を行った。

デンソーは、日本の自動車企業のジャスト・インタイムのリーンな生産を支える。そのために同社の工場では、供給を止めないための努力を重ねてきた。安定供給だけではない。生産の現場の絶えざる工夫と改善で、品質やコストのレベルアップを止めない努力も続けている。この現場を紹介する見学会は重要であり、きちんとやり遂げたい。そして、止めたくない。山崎氏はこのように考えていた。

デンソーでは、「工場も商品」と考えている。同じスペックの部品や素材であっても、どのようなつくり方をしている工場から供給を受けるかは、その先にある製造企業には無視できない問題のはずである。