テレビにあってネットにはないもの

クリエイティブの表現規制が最も厳しいのはテレビです。出稿に当たっては「考査」と呼ばれるテレビ局による審査が、かなり厳密に運用されています。ただし、放送倫理基準には「差別はいけない」としか書いておらず、どこが差別に当たるのかというものを制作側が試行錯誤しなければいけません。

さらにテレビ局ごとに考査の審査基準が異なり、もっと言えば同じテレビ局でも考査する人によって基準は変わります。全くもって曖昧な世界のため、私はこれまでに何度もテレビ局と口論してきました。

ただ、放送するに当たり、説明責任は放送局と広告主の両方にあり、視聴者からのクレームや意見にちゃんと向き合う必要があるので、考査をすること自体が悪いわけではありません。ちなみにテレビで放送されるものは、この考査を通過しているので問題ないのですが、考査のないネットの世界で炎上を起こしているものは、実はこの放送倫理基準に沿っていないケースが少なくありません。

さて、一番難しいのが難関の考査が通ったにもかかわらず、世の中からバッシングを浴びる広告が生まれることです。これは倫理や心の問題になってきます。

強い印象で、商品もアピールできたが…

私にも痛恨の思い出があります。2007年に放送した「ムシューダ~テニス編」というテレビCMです。最終的に放送中止にせざるを得ませんでした。それはこんな内容でした。

大観衆が見守る中、センターコートではテニス(女子シングルス)の決勝戦が行われている。強豪チャンピオンと日本人の挑戦者が一進一退の死闘を繰り広げる中、なぜか日本人選手は両手で背中を押さえながらプレーをしている。ラケットはなんと口でくわえて、一歩もひけをとらない力強いストロークでスマッシュし、勝利! 日本人選手は思わず、両手でガッツポーズ。その瞬間、背中に2つの虫食い穴があるのが発覚。虫食い穴を見られたくなくて、背中を両手で押さえていたのだった。

テニスのハードコート
写真=iStock.com/mbbirdy
※写真はイメージです

作品のクオリティーは高く、シンプルで強い印象を残すテレビCMでした。防虫剤らしい商品訴求力もあります。しかし実は、企画段階からどこかモヤモヤした違和感を覚えていました。制作陣とそのモヤモヤについて議論を重ね、最終的に日本人選手がにっこりと微笑むシーンでCMを終えることで解決しようとしました。

今思えば、技術論でごまかし、自分の中の違和感から目を背けたのだと分かります。当時の自分はまだ、本当の意味でクリエイティブディレクターではなかったのです。