自分がいかに想像力が足りなかったか

放映後、しばらくしてからエステーのお客様相談室に1本の電話が入りました。

「テニスのCMを拝見しました。私は身体障害者手帳を持っております。特に何かが言いたいわけではありません。ただ、悲しい気持ちになりました」

愕然としました。「絶対に人を傷つけない」と決めていたのに、間違いなく、その方の心を傷つけてしまった。なのに、私がとった行動は往生際が悪いものでした。経営陣から「取り下げた方がいいのではないか」と言われたのに、「まだ問い合わせ件数は少ない」「発表したからには、最後まで乗り切りたい」と粘ってしまったのです。

鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)
鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)

しかし、その一方で迷いもありました。ある病院関係者の知人に電話をかけ、事情を説明すると、相手は諭すように教えてくれました。

「この世には、道具を口にくわえなければ生活できない方がいる。そういう方の中には20歳ぐらいの若さで亡くなる方もいる。そうと分かっていても、一生懸命生きている人がいる。鹿毛さんはそういう人と直接接していないでしょ? だから分からないんだよ。道具を使いたいときに、口にくわえるしかない人の気持ちが……」

「でも、私らだって切符をくわえるじゃないですか」
「切符は道具ですか?」

その言葉を聞いて、自分がいかに想像力が足りなかったかを思い知ります。テレビ局の考査を通過して、クレーム件数が少なかったとしても、人を悲しませる映像を放送したことは紛れもない事実です。そのことに気付き、テレビCMの放送中止を決断しました。

クレームという言葉にある「罠」

それからしばらくの間、私はCM作りに携わることが怖くて仕方ありませんでした。だから世の中の炎上した人の気持ちはよく分かります。しかし、炎上するのは世論が厳しいからではなく、明らかに自分の想像力の足りなさで人を傷つけているという判断ができていなかったからだとも思います。この心の問題は、自分の心を使っていろんな人たちになりきって想像することが解決につながると信じています。

「炎上しそうだからやめよう」とクリエイティブを捨てるのは本末転倒です。守るための準備をすることで、エステーのテレビCMは成立してきました。おかげで、このテニスのテレビCM以外は、18年間の仕事の中で炎上やクレーム騒ぎは起きていません。

クレームという言葉にも罠があります。本来の英語での意味は「主張する」です。正しい主張には耳を傾けなければいけませんが、自分のストレス発散や愉快犯的ないわゆる「言いがかり」も実際には存在します。その言いがかりには屈してはいけません。ネットの世界での言いがかりにどう対処するかは、放送する側がそれにちゃんと真っ向から説明できるように準備することが求められています。

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