せめて部下だけでも残業ゼロを目指したい

「ダ、メ……全くダメですね。フレックスタイム制は就業規則に盛り込まれ、労使協定も結ばれましたが、実際に運用実績はありません。短時間勤務制度は3歳未満の現行をさらに延長することはできませんでしたし、介護休業制度も同じです。つまり、法律の枠を超えて会社として特段、配慮することはできないということなんです。肝心の残業規制はというと……確かに以前に比べると時間外労働は少なくなりましたが、僕が目指している『残業ゼロ』にはほど遠いのが現実なん、です……」

努めて冷静に語っていた山岡さんは、言葉尽きたようにまた視線を外した。今日の取材はここで切り上げたほうがいいかもしれないと思い始めていた、その時、だった。

「全くダメ、だから……自分の部下に対してだけでも、長時間労働の是正、『残業ゼロ』を目指したい。何としても、実現したいんです」

そう、語気を強めて言い切った。

部下3人からパワハラで訴えられた

それから1年近く過ぎた20年夏、当時41歳の山岡さんは働き方改革の旗振り役から一転、20歳代~30歳代の部下3人から、「過重な労働を強いられている」として、パワハラで訴えられるのだ。長時間労働是正のためのマネジメントのはずが、コロナ禍のテレワーク導入が影響し、逆に「ジタハラ(時短ハラスメント)」と見なされたのだという。

「ジタハラ」とは、業務の効率化や無駄な仕事を減らす事業仕分けなど、仕事量削減の具体策を示さず、上司が部下に対して、「定時で退社し、残業はするな」などと強いるハラスメントを指す。ちなみにジタハラは、18年の新語・流行語大賞にノミネートされた。

ネーミングの妙も影響し、流行語として捉えられることで事の本質を見誤る危険性があるが、そのことはさておき、具体策がないままの数値上の労働時間の削減で仕事量は変わらないため、労働者は残務を自宅に持ち帰って「残業」と認められない業務をこなし、残業代は支払われないという不利益を被り、身体的、精神的な苦痛を抱える。このような深刻なハラスメントが、職場に広がっているのである。

山岡さんに話を戻すと、彼なりに自分の部署だけでもと、一人ひとりがコアとなる業務を持ちつつ、一つの業務をメインとサブの複数担当制として一人だけに負担がかからないようにしたり、特段必要のない報告書をなくすなど無駄な仕事を削減したりして、残業時間を削減しても仕事を持ち帰ることがないよう、業務の効率化に精一杯努めた。その点では、ジタハラとは大きく異なる。