自身の反省から長時間労働是正に注力

すべてが実現すれば、理想的な働き方改革といえるが、よくよく聞いてみると、いずれも導入の見通しは立っていないようだ。働き方改革の実現にこれほどまでに意欲を見せる管理職の存在は貴重であるだけに残念だったが、前途は多難のように思えた。

奥田祥子『捨てられる男たち 劣化した「男社会」の裏で起きていること』(ソフトバンク新書)
奥田祥子『捨てられる男たち 劣化した「男社会」の裏で起きていること』(ソフトバンク新書)

「就業規則での規定や労使協定など、今後の予定はいかがですか?」

率直に尋ねた質問に、それまで流暢だった話しぶりから一転、言いよどむ。かすかに表情が曇ったようにも見えたが、山岡さんはすぐに元の明るい面持ちに戻し、こう答えた。

「正直、簡単ではありません。人事労務担当でもない、課長の僕がどこまでできるかわかりませんが、現場の声を働き方改革に反映してもらえるよう、上司や人事部、労働組合にも呼び掛けて、何としても実現できるように頑張りたいと思っています」

「失礼ですが、どうしてそこまで働き方改革の実現に思い入れがおありなんですか?」

今度は言葉に詰まることなく、ただ少し天を仰ぐような仕草をして、呼吸を整える。

「実は……自分自身の反省、からでもあるんです。僕はいわゆる就職氷河期世代で、正社員職に就けない大学の同級生がいる中、やっとのことでこの職を得たんです。それだけに、必死に仕事を頑張らないといけないと思って、入社してから10年ぐらいは残業づけの毎日でした。お恥ずかしいですが、男性が育休(育児休業)を取るなんて全く考えられなかったし、実際に子どもは2人とも、おむつを替えたことさえありません。これではダメだと気づかせてくれたのは、数年前、当時2歳だった次男から『パパ、次いつ来るの?』と聞かれたことでした……」

これだけ働き方改革に熱意を持っている山岡さんなら、きっと実現してくれるのではないか。当時は楽観的に受け止めていた。

思うように進まない働き方改革

だが、思うように山岡さんの会社で働き方改革は進まなかった。19年4月からの法施行により、彼の会社も該当する大企業でまず時間外労働の上限規制が設けられ、残業は原則、月45時間、年360時間までとされた。

同年の秋、インタビューに応じてくれた山岡さんは苦虫を噛み潰つぶしたような顔で、取材場所のホテルの喫茶コーナーで注文したアイスコーヒーを口に運んだ。「その後、働き方改革はどうですか?」と質問した後のことだ。その2、3分後、猫背気味だった姿勢を正して真正面に向き直り、こう話し始めた。