コロナ禍のテレワークが招いた「ジタハラ」

そんな彼がどうして、パワハラ上司として訴えられることになってしまったのか。

「『残業ゼロ』という僕自身の目標を全社的な取り組みとして広げられなかったこと、そしてコロナ禍のテレワークでICT(情報通信技術)の活用が増えたことによる、情報共有やコミュニケーションの滞りを予測できなかったことが、大きいと思います」

業務効率化策が十分に職場に浸透する前に、コロナ禍でテレワークが導入され、部員同士の意思疎通や情報共有がうまくいかず、在宅で同じ業務を複数の部員がそうとは知らずに行っていたり、事業仕分けで削減したはずの業務をこなしていたりするなど、それぞれが大量の仕事を抱え込んで労働時間はみるみるうちに増えていったのだという。

パソコンの前で頭をかきむしる男性
写真=iStock.com/kasinv
※写真はイメージです

事のいきさつを聞いたのは、大阪などで新型コロナウイルスの変異ウイルスによる新規感染者数が急増し始めた21年春。パワハラで訴えられてから半年以上が経っているとはいえ、想像していたよりも落ち着いて見え、淡々とした語り口が気になった。

「業務効率化も事業仕分けも、私の場合は管理職といっても課をマネジメントしているだけですから、一つの部署だけでは到底無理だったんです。働き方改革は全社的な取り組みが不可欠で、対面でのコミュニケーションで、メールやオンライン会議では伝わりにくい微妙なニュアンスも含めて意思疎通が図れてこそ、うまくいくのだということを思い知らされました。入社時から気にかけていた30代半ばの主任には僕の後を引き継いでくれるよう、仕事のノウハウを伝え、期待していたんですが……。あっ、は、は、は……。そうそう、『期待しているから、頑張ってくれよ』も長時間労働につながったら、パワハラ、らしいですね……」

感情を押し殺して話していたように見えた山岡さんが突如として、マスクが外れそうになるほどの作り笑顔を見せながら、パワハラを受けていると訴えた中心人物である男性社員のことに触れた。

訴えた男性社員は課長に昇進した

パワハラで訴えられたのは、パワハラ防止法が大企業を対象に施行されてから約2カ月後のこと。

それまで企画部で実績を挙げ、周囲からも部次長昇進間近と目されていた山岡さんは降格の懲戒処分を受けて管理職から外れ、その3カ月後、子会社へ出向となった。役職は課長職だが、給与は2割近くも下がった。パワハラ防止法施行直後、それも会社では従来にない複数の部下からの訴えということもあり、より厳格な処分を下したのではないかと、彼は見ている。パワハラで訴えた先導者だった男性社員は、山岡さんが子会社に出向すると同時に、課長に昇進したらしい。

「正直、情けないですが、妻と子どもたちのためにも仕事を辞めるわけにはいかないんです」とやるせない心境を明かした。そして、働き方改革とパワハラについて語ってくれた。

「長時間労働是正や柔軟な働き方を進めるといっても、会社としてはやっていますよ、という対外的な企業イメージを保つために多少の対策を講じるだけで、抜本的な改革には手を出せないままなんです。上司も会社も、ずっと信頼してきたのに、無念でなりません。労働時間を減らしても生産性を落とさない、経営も悪化させない対策を示せていない、いえ対策を考えようともしない企業がどれだけ多いことか……。働き方改革なんて絵に描いた餅で、パワハラを生むだけなんじゃないかと思います。当事者である僕がいうのも変かもしれませんが……」

もはや怒りでも、苦悩でもない。何かをあわれむような面持ちに見えた。あなたのような人物が本来、働き方改革を率先していくべきなのでは──。そう言いかけて、思わず言葉を飲み込んだ。

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