夜8時以降の消灯要請は戦時中の意味のない灯火管制に重なる

灯火管制が本格的に実施されるようになったのは、太平洋戦争が勃発(真珠湾攻撃)して翌年、1942年にアメリカ軍が太平洋上の空母艦載機から日本本土を初空襲したいわゆる「ドゥーリットル空襲」以降である。

1944年後半から米軍は中国奥地の成都にB-29の発進拠点を置き、主に北九州の八幡製鉄所や長崎の大村海軍基地を爆撃した。日本本土で本格的な灯火管制が必要になったのはこの時期からである。各家庭では灯火管制用の傘つき電球が使用され、屋外に照明が漏れない措置が徹底され始めた。

しかし、結果的にこの灯火管制は無意味であった。日本政府や軍部の考える以上に、米軍の技術力が進歩していたからである。当時のアメリカは、日本軍に技術力で対抗するためにレーダー兵器の革新的発展に国力を注いでいた。その結果、B-29には暗視レーダー等が装着されて、夜間爆撃が容易に行えるようになった。

1945年3月10日の所謂「東京大空襲」を皮切りに米軍は日本本土への無差別爆撃を開始するが、米軍機にとっては東京の市街地が灯火管制で真っ暗でも何ら支障はなく市街地はレーダーで丸見えであった。その証拠に、東京大空襲は同日の深夜から奇襲的に開始され、10万人の市民が殺害された。結果、灯火管制などまるで意味をなさなかったのである。これは終戦まで同様であった。

戦時中の灯火管制は「戦意高揚の演出」にすぎなかった。これは「令和の灯火管制」と重なるところが多い。

科学的根拠のない「令和の禁酒法」

また小池都知事は、「令和の禁酒法」とも揶揄される「飲食店での終日酒類提供自粛要請」を打ち出している。

要請の根拠は、酒類が入ると大声を出したり、騒いだりする人が出るため、飛沫が飛び感染リスクが増加する——ということだが、酒が入る・入らないにかかわらず大声を出したり騒いだりする人はいる。問題なのは社会的距離や飛沫の拡散やウイルスを含んだエアロゾルが室内に充満することであって、酒ではない。

これに併せて、「路上飲みの取り締まり」という方針が打ち出されている。これもおかしい。問題は人が密集したり飛沫が飛ぶことであって、路上や公園で酒を飲むのが悪いわけではない。酒はなにも関係がないのだ。にもかからず、少し考えれば非科学であることが、平然と「お上」によって実施されようとしている。

これに大規模なデモや抗議の声が起こらず、一部を除くメディアもこれをさも良いことのように追従する事態は寒気がするほど異様なことだ。いつから日本人はこんなにも非科学な「空気感」に沈黙するようになったのか。