スポーツも芸術もビジネスも、リラックス状態が大事

私の友人である骨董の目利き白洲信哉さんは、「現代の焼き物は、作家性が出過ぎているから、面白くない」とよく言います。

茶碗でも、皿でも、ぐい呑みでも、展覧会に出そうという芸術作品には、必ず作者名が付いています。各作家は、他の人には真似のできないことをしてやろうと腕を競って、「どうだ、良いものができたぞ」と出してくるわけです。

しかし骨董の世界では、例えば、今日本の国宝になっている井戸茶碗は、朝鮮で李朝時代(1392〜1897)の人々が日用品として、自分たちが使うために何の気なしに焼いたものを、「これはいいな」と思った人が日本に持ってきて、「これと同じものは二つとない」と感じた人が受け継いで、大切に人の手から手へと渡ってきたものです。

「芸術作品を作るぞ」と作家が気負って、「どうだ」と出すものでなく、使い勝手だけを一生懸命に考えた、無私で無名の作品を、最高のものとするところがあるのです。

スポーツでも、芸術でも、ビジネスでも、リラックスしていることが大事です。

「どういうことが価値があるのか」などと意味を考えて意識してしまうと、力が入って、最高のパフォーマンスが発揮できないことがあります。

高層マンションの窓際のデスクで仕事中に外を眺める男性
写真=iStock.com/Chinnapong
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グーグルのトップページに見る無意識の哲学

つまり意外なことに、「こうしてやろう」という意識、「がんばり」「やる気」などなくした無意識のところに、潜在能力を発揮するチャンスが出てくるのです。

グーグルのトップページを思い浮かべてみてください。

真ん中に一つ検索窓があり、「Google」という文字が毎日楽しくデコレーションされています。そのことからわかるのは、いかにグーグルが、力を入れないいたずら、落書き(doodle)を重要視しているかということです。

グーグルがもし広告収入を重要視していたら、検索窓の横に大量の広告を貼るのが手っ取り早いでしょう。実際、他の検索エンジンは、検索窓の他にたくさんの広告がトップページに貼られてごちゃごちゃしています。しかしグーグルのトップページには、窓とロゴへのシンプルな落書きしかないのです。

それはグーグルの見識の深さであり、哲学であり、プライドだと私は考えています。