フィギュアスケート選手の宮原知子さんは英語が堪能だ。多忙でストイックな練習生活の間を縫って、どのように勉強を続けてきたのか。イーオンの三宅義和社長が聞いた——。(第3回/全3回)
フィギュアスケート選手の宮原知子氏
撮影=原貴彦
フィギュアスケート選手の宮原知子氏

「できるだけ自分の言葉で話したい」

【三宅義和(イーオン社長)】宮原さんといえば、英語が堪能で、海外でのインタビューも英語で受けられていますね。

【宮原知子(フィギュアスケート選手)】通訳の方にお願いすることもできるのですが、「できるだけ自分の言葉で話したい」という気持ちがあるので、頑張って英語で受け答えするようにしています。

【三宅】そうすると、国際大会に行かれても、心に余裕が生まれますよね。

【宮原】そうですね。もちろん試合での緊張はありますけど、国際大会は小学生のときから出ていますし、もともと海外に行くことに関しては楽しみのほうが大きいので、「この試合なら、この選手が出場するはずだから、お話しできたらいいな」とか、そういうことを考えています。

【三宅】「話したい」という願望があると、英語は伸びますよね。

【宮原】それは強く思います。

幼少期の海外生活が与えた影響は大きい

【三宅】宮原さんは4歳から2年間、アメリカにお住まいでしたね。

【宮原】はい。現地の幼稚園と小学校を1年ずつ経験しています。一応、帰国子女ということになるのでしょうが、小学1年生レベルですから語彙力は限られますし、ちゃんとした英語力を身につけたのは日本に帰ってからです。

【三宅】そうはいっても、実際に海外に住み、現地の子どもたちと一緒に過ごす経験をされたことは、いろいろプラスに作用したのではないですか?

【宮原】影響は大きいと思います。たとえば、耳が慣れていたので、日本に帰っても英語に対する抵抗感はほとんどありませんでしたし、日本にいても外国に対して自然と意識が向くようになりました。

私はいまでも異国の地に行ったり、外国の人と話したりすることが好きなのですが、それは幼少期の影響かなと思います。