販売キャッシュフローという錬金術

薬局・薬店業界は、製薬メーカーの力が強く、零細な薬局・薬店の経営をサポートするという意味で、医薬品の支払いサイトが非常に長いという商慣行があった。つまり、初期のドラッグストアは、食品や日用雑貨を安売りして高速回転で現金化した。そして、支払いサイトの長い医薬品メーカーに仕入れ代金を支払う前に、プールされた現金を次の出店投資に回すことで、零細資本でも多店舗展開を行うことができたのである。

感染保護と協力する薬剤師
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この「販売キャッシュフロー」という方法は、ドラッグストア独特のものではなく、戦後に生まれたチェーンストアのほとんどが採用した経営手法である。販売キャッシュフローとは、零細資本の小売企業が、短期間で大量出店するための「錬金術」のようなものであった。

零細資本だった薬局・薬店からドラッグストアに挑戦し、右肩下がり時代に成長したドラッグストア経営者は、他の業界の経営者よりも「キャッシュフロー意識」が高かったように思う。あるドラッグストアの経営者は、10坪の薬局時代に、胃腸薬の棚に陳列している商品の2割しか現物を入れておらず、8割は空箱で陳列していた。

「空箱の商品を買いに来たらどうするのですか?」と、その経営者に質問したところ、「2:8の法則で、売れ筋の2割だけを在庫していれば、ほとんど困りません。たまに8割の死に筋商品(空箱)を買いに来られるお客様もいますが、少々お待ちくださいと言って近所の薬局に同じ商品を買いに行き、儲けなしで販売していました」という答えが返ってきた。

儲けゼロになったとしても、死に筋商品を大量に在庫として置き、資金繰り(キャッシュフロー)が悪化するよりはいいという考え方であり、まさにキャッシュフロー経営の原点であったと思う。

ちなみに、世界最大の小売企業であるウォルマートの在庫に関する目標は、「取引先に仕入れ代金を支払う前に商品を売って現金に換えること(The Goal is to sell merchandise before it is paid for)」とされている。販売キャッシュフローに対する考えが徹底している。規模の大小、洋の東西を問わず、小売業のキャッシュフローに関する原理原則は共通しているのだ。

約10年で大躍進を遂げたドラッグストア業界

「投資回収の早い店舗開発」「小商圏のドミナント出店」「販売キャッシュフロー(回転差資金)」によって、ドラッグストアは平成中期以降に驚異的な成長を遂げた。

図表1は、2009年~2020年の11年間で、主要ドラッグストア企業が「売上高」をどのくらい伸ばしたかを一覧にしたものである。この期間を「ドラッグストア第三次成長期」と呼ぶことにする。ちなみに2009年は、前年に起こった「リーマンショック」を受けて、株価もGDPも低迷した年である。

「バブル」が崩壊した1998年ごろから第二次成長期を迎えたように、ドラッグストアは不況に強い業態であることがわかる。図表1によれば、ウエルシアHDは、なんと11年間で4.3倍も売上高を伸ばしている。