ゲンロンは「モノを売る行為」を絶対に手放さない

【楠木】ゲンロンは、スケールを否定はしていないけれども、一義的に追求していない。価値を認めてくれる人から直接対価を得ようとしている。「マネタイズ」に依存しない、「普通の商売」を目指していますね。

【東】はい。「商業道徳」という言葉が出ましたけど、僕も商売と道徳は表裏一体だと考えています。

モノを売ることは、信用がないと続きませんから、倫理や道徳が伴わざるをえない行為です。むしろ、売る/買うの関係から倫理や道徳は発生するのかもしれない。

東浩紀氏
撮影=西田香織
哲学者・批評家の東浩紀さん

そこで大事なのが商品の具体性ですね。顧客に商品やサービスを売るという原点を手放すと、金融資本主義のグローバル世界では、詐欺みたいなことがいくらでもできてしまう。だから、具体的なモノを売る行為は絶対に手放さないようにしよう、と考えてきました。

「マネタイズできればいい」というのは嫌

【東】たとえば、ゲンロンの基盤となっているのは年額1万円(税別)の「友の会」という会員組織です。会員になるとゲンロンの単行本や会員向けニュースなどを読むことができます。ただし、これらのコンテンツは会員にならなくてもバラで買うことができます。単行本は書店で買えますし、会員向けの電子書籍も価格を設定して非会員でも買えるようにしています。

これは昨年スタートした動画配信サービス「シラス」でも同じです。シラスの視聴には登録が必要で、それぞれのチャンネルの月額会員を募る仕組みです。けれど、月額会員にならなくてもなるべくバラで購入して視聴できるようにすることを配信者には推奨しています。一般のオンライン・サロンは、メンバーシップを売ってコンテンツをバラで売ることはありません。流行に反しているのですが、なぜそうしているかというと、メンバーシップだけになると、商品の是非を通した顧客との具体的なコミュニケーションを手放すことになるからです。

「マネタイズ」を志向するネット企業も、サービスを無料にすることで、結果的に顧客とのコミュニケーションを手放しているのではないか。ゲンロンもうまくやればもっと儲かるのにと言われることがあるのですが、それでもマネタイズできればいい、というのは嫌なんですね。こちらの心がすさんでいくというか、楠木さんが言われたように、それはほとんど道徳的な感覚なんだと思います。