「自分の能力過信問題」が、失敗を繰り返す元凶

【楠木】経費書類は見える場所にファイリングしなければダメだとか、領収書はこまめに整理しておかないといけないとか、細かい苦労を重ねていきますね。ご本人は大変だったでしょうが、読んでいるほうはちょっと笑える。

【東】僕はもともとファイルを整理しなくても、置いてある場所を記憶しているから大丈夫なタイプなんです。メモもほとんど取りませんし。

ところが、組織となれば、みんなが使えるように体系立てて整理しなくてはいけない。でも、そういう発想が僕のなかになかった。特に失敗の原因だったのは「スタッフが失敗したら、自分がフォローすればいい」「僕のやり方がいちばん効率的だ」と思い込んでいたことです。それによって彼らの仕事に介入して途中で壊してしまったり、「じゃあ、俺がやるからお前は担当を降りろ」みたいな態度に出たりした。この「自分の能力過信問題」が、失敗を繰り返す元凶だと徐々に気づいていくんですね。

楠木建氏
撮影=西田香織
経営学者の楠木建さん

【楠木】有能さや多芸多才が仇になるという典型ですね。自分がデキるから、他人のことがわからない。だからすべてに対応してしまう。

たどり着いたのは、小学生でもわかる当たり前の結論

【東】本当はできないことがいっぱいあるんです。そもそも会社員の経験がないから、毎朝ちゃんと起きて定時に出社し、組織のなかで働くということができない。ただ、「自分はできない」と自覚する経験を避けてきたと思うんですよね。

ふつうの会社員なら20代30代で学ぶことを40代になってどーっと経験して、そのツケがまわってきたんだと思います。

【楠木】1週間ぐらいかけてファイルを整理している場面にはしみじみとしました。あれは43歳のときですかね。

【東】ファイル名を書く紙をつくろうと、毎日カッターで紙を細く切りながら「おかしいなー、これ俺がやる仕事じゃないよな。でも、これが本当の仕事なのかも」と思ってました。テプラみたいなラベルライターを買えばいい、という発想すらなかった。

【楠木】そうやって何度も失敗しては反省し、そこから導きだされる結論が「人間はやはり地道に生きねばならない」。本の中でいちばん笑って、いちばん感動したところです。失敗と反省の揚げ句にぐるっと一周も二周もして、小学生でもわかるような当たり前の結論にたどり着く。「人間が生きていくって、こういうことだよな」という迫力がありました。

【東】ビジネスパーソンの方たちが「身につまされた」のは、そういうところかもしれません。