哲学者の東浩紀さんは、この10年、「ゲンロン」という会社での言論活動に主軸を置いている。新著『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)では会社経営の苦労を赤裸々に綴っている。なぜそこまでして言論活動でお金を稼ごうとしているのか。同書を読み、「感動的」と評した経営学者の楠木建さんとの初対談をお届けする――。(後編/全2回)
東浩紀氏と楠木建氏
撮影=西田香織
哲学者・批評家の東浩紀さん

「品格、品格」という人にかぎって、品格がない

前編から続く)

【楠木】「あとがき」も印象的でした。本のなかで「Aさん」「Bさん」とアルファベットで登場するスタッフたちに触れた部分です。

〈ぼくはいまでは彼らに感謝している。彼らはみなぼくを助けてくれた。彼らの過ちはぼくの過ちだ。ぼくはXさんの流用に半年気づかなかった。Aさんの金遣いが荒かったのはぼくの金遣いが荒かったからだし、BさんやEさんが経理を放置していたのはぼくが経理を放置していたからである。〉

自分については甘い人が多い言論の世界にあって、ずいぶん率直な物言いですね。

【東】現実にそう感じたんです。

【楠木】仲間というのは似てくる。たいていリーダーの悪いとこばかり真似して、集団としてダメになっていく。

多様性って、そんなに簡単なことじゃないですね。二言目には「ダイバーシティ」と口にする経営者ほど、多様性への理解は浅い。「品格、品格」という人にかぎって、品格がないのと同じです。

東さんは哲学者や批評家のなかでも“基礎体温”が高い

【楠木】東さんが、そもそも仲間をつくろうと思ったのはなぜでしょうか。私の感覚では、東さんは哲学者や批評家のなかでも“基礎体温”が高いように思います。ものを考えて文章を書くだけでは飽きたらず、多数の人に影響を与え、ムーブメントを先導しようとするアツさを感じるんですね

私は平熱が低い方なので、そこに大きな違いを感じます。ひとりで考えて、考えを言語化し、自分がターゲットとする読者に届けばそれで十分。仲間をつくろうとか、ムーブメントを起こそうということは自分では考えませんね。

東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)
東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)

【東】“基礎体温”が高いというのは、自分でも思っています。僕はたぶん、性格と職業がミスマッチを起こしているんですね。だから特異なポジションにいる。同時に効率の悪さや空回りも起こしている。昔からそういう自覚はあるので、楠木さんの話はよくわかります。

【楠木】東さんは2000年代に、インターネットの言論空間にかなり期待していたと書いていますね。特に政治的な面で民主主義が変わるという理想論があって、人々がもつ無意識の意見を情報技術で集約して可視化できるのではないか、それを合意形成の基礎に据えるべきではないか、という新しい民主主義のありかたをお考えになった。東さんがゲンロンを立ち上げた2010年頃ですね。

私は最初からネットの「集合知」などというものは信用できないと思っていました。初めからネットへの期待がないから、裏切られた感覚もない。これも“基礎体温”の違いだと思います。