新たな通商協定に合意したことで、イギリス最大の輸出先であるEUへの輸出品に「10%関税」がかかる最悪の事態は当面回避された。しかし諸手を挙げて喜べる状況ではなく、前述のような自由貿易圏のメリットが消失していく可能性が高い。

連合王国からの独立の連鎖が始まる

たとえばイギリスのスーパーでは、ポルトガルやスペインからの生鮮野菜や果物が店頭に並ばない事態が続出している。関税ゼロは今までどおりでも通関手続きは必要になっているうえ、コロナ禍の影響も重なって、物流が滞っているのだ。これまでのようにヨーロッパの最適地から物資が届かなくなれば、インフレは避けられない。

人の移動の自由もなくなるから、労働力の確保も今までどおりにはいかない。医師や看護師などプロフェッショナル人材の不足が深刻化すれば、コロナで崩壊しかかっている医療体制がさらに逼迫する恐れもある。

ヨーロッパ各地や世界中から人材が集まるイギリスは、ヨーロッパの研究開発の中心地であり、オックスフォード大学などの研究機関にEUからかなり予算が配分されてきた。その強みがなくなって、人材もまともに揃わないとなれば、イギリス伝統の研究開発力が失われていく可能性すらある。

「世界の金融センター」の地位を築いたロンドンのシティでも、かなりの機能が1月1日からヨーロッパ大陸のパリやフランクフルトなどに移っている。

北アイルランドについては離脱後もEUの関税ルールが適用されたが、本土のグレートブリテン島との間で通関業務が必要になった。物流が滞って北アイルランド市民の不満は日増しに高まり、「これならアイルランドと一緒になったほうがいい」という声が強まっている。

他方、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相は、スコットランド独立の是非を問う2度目の住民投票を年内にも実現したいと積極的に動いている。ボリス・ジョンソン英首相はこれを阻止する考えだが、仮に住民投票が行われて独立派が勝利すれば、EU加盟を申請する予定だ。

スコットランドが独立に動けば、ウェールズも黙っていない。ということで、本連載でも私がかねて予見していた連合王国(UK)の崩壊で「イングランド・アローン」、すなわちイングランドのみのイギリスとなり、再没落するというシナリオが、いよいよ現実味を帯びてくることになるだろう。そのとき、ブレグジットを煽った政治家たちを恨んでも、もう手遅れだ。大統領選挙後のアメリカで民衆がアジテーター(扇動者)に惑わされる壮絶な光景を見たが、聡明なはずのイギリスでもイギリス人自身が同様の事態に遭遇することになる予感がする。

(構成=小川 剛 写真=時事通信フォト)
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