イギリスが見落とすEUのすごさとは

イギリスの離脱をもってEUという壮大な実験が失敗した、とは私は思わない。東アジアでいえば、中国、日本、韓国、北朝鮮が一緒になって政治的、経済的な共同体をつくり、それらの通貨を廃止して共通通貨をつくるなど夢物語でしかない。それを約40年かけて成し遂げ、今や27カ国による共同体が機能していることをむしろ称賛すべきだ。市場の評価としてもブレグジット後にユーロは下落していない。

通貨統合によってユーロという統一通貨が導入されたことで、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャなど財政が脆弱な南ヨーロッパの国々は、非常に助かったことも重要な点だ。自国の経済政策で下手を打っても、為替が下落する心配がないからだ。

また、EU加盟国は応分の分担金を拠出しなければならないが、一方で1人当たりGDPが平均以下の貧しい地域には、EUから補助金が下りる仕組みになっている。そうした再分配システムを含めてEUという枠組みがなければ、南ヨーロッパの多くは貧民国に落ち込んでいたはずだし、旧ソ連のくびきから逃れた東欧諸国が奈落の底から救われることもなかっただろう。

離脱したイギリスにしても、EUのメリットを大いに享受してきた。かつて失業率10%を超える没落国家だったイギリスが立ち直った大きな理由の1つは、サッチャー政権の徹底した規制改革であり、もう1つは自由貿易圏としてのEUである。

EU域内はシェンゲン協定で人や物の移動の自由が認められている。特に英語圏は仕事をしやすいから、単純労働者から医師や看護師、弁護士、会計士といったプロフェッショナルな職業人まで、多くの人材がイギリスに流入してきた。当然イギリスから大陸に出ていく人もいるが、人材に関しては輸入超過。ゆえに国民投票では「(難民などの流入で)雇用が奪われた」と離脱推進派は煽ったわけだが、実際にはイギリスの失業率は史上最低レベルの4%台で、人手不足のほうが問題だった。

EU域内で産業の最適化が進んだメリットも大きい。イギリスは長らくインフレに悩まされてきたが、ヨーロッパの最適地から一番安くていいものが、関税も出入国検査もなしで入ってくるようになってインフレが解消した。

さらに言えば、イギリスはアイルランド共和国との間で北アイルランド問題を抱えている。血生臭い衝突やテロが続いた北アイルランド問題が何とか収まったのは、和平協定締結後、アイルランド島の北部にあるイギリス領の北アイルランドとアイルランドの国境に検問を置かずに人や物の行き来を自由にしてきたから。イギリスとアイルランドがともにEU加盟国だったからこそ、国境を曖昧にできたのだ。