善悪二項対立はネット右翼にとって都合がよかった
自然災害は、とどのつまり人間の理が及ばない領域である。天変地異や疫病の発生源はどこであっても、その発生国に責任は無い。今から約100年前に世界で数億人、日本(朝鮮・台湾含む)に限定しても約45万人近くの命を奪った「スペイン風邪」も、その発生源はアメリカの陸軍兵営であるとされるが、アメリカがスペイン風邪に対して賠償責任を負うこともなければその義務もなかった。疫病はひとしく平等にすべての人類に降りかかる厄災であり、その犯人捜しは虚無である。しかしトランプ政権は、その犯人は中国であり、武漢の生物化学研究所(彼らはP4研究所と呼ぶ)である、と名指しした。これに飛びついたのが世界中の陰謀論者であり、日本の保守派とネット右翼である。
陰謀論は、極めて単純な勧善懲悪の構造を持つ。悪いのはA国(或いは特定の民族や組織)、善人たる被害者は我々である、と設定することによって、世界の構造を単純化させ、情報受容力や知識量の低いユーザーに世界構造の簡素的理解を促す。これを行ったのがトランプであり、それに乗せられたのが日本の保守派とネット右翼である。WHOが新型コロナウイルスを「COVID-19」と名付けても、「武漢肺炎」と現在まで呼称している人々のほとんどが日本の保守派とネット右翼である。
低リテラシーで情報受容能力が低く、知識量が脆弱なために知識体系の構築に慣れていない人々は、世界の複雑な構造をより単純化させ、善と悪の二項対立で理解することを好む。というか、仮に間違っていても世界を二項対立で理解する方が、低リテラシーの人々によってその受容は簡便であり、そして理解は容易なのである。
安倍政権の継承を謳う菅新政権に期待が寄せられたが…
こうして20年から本格化するコロナ禍においても、煮え切らない第2次安倍政権への支持はまず概ね担保するものの、トランプの述べる中国悪玉論に絶賛魅了されたのが日本の保守派と、ネット右翼であった。尖閣諸島の領有権問題を奇貨として、元来中国への敵愾心を旺盛にする彼らは、トランプによるコロナ禍での「中国悪玉論」に至極簡単に便乗し、ネットという無料チケットを払って乗船したのである。
だが、こういった保守派、ネット右翼の状況に激甚な変化が起こったのが、20年8月である。以前から持病の潰瘍性大腸炎の増悪が懸念されていた安倍が、同年8月末、病状の悪化を理由に総理大臣の職を辞する旨を発表し、自民党総裁選を経て菅義偉が新総理になった。
すわ永遠に続くかの如き錯覚を与えていた安倍政権が、憲政史上最長とはいえ7年8カ月の長期政権に終止符を打ったことは、保守界隈やネット右翼にとっては衝撃であった。すぐさま自民党総裁選挙が行われ、派閥の横断的な支持を得た前官房長官の菅が首班指名された。菅は「安倍政権の継承」を謳ったので保守層は安堵したが、しかしこれはひとえに体のいいスローガンの一つに過ぎないと段々と判明するようになった。