山上へのケーブルカーとロープウェー廃止の危機に立ちあがった
六甲山系に連なる摩耶山は標高702メートル。山上の掬星台からの眺めは日本三大夜景の名にふさわしい美しさがある。
山上には1300年を超える歴史を持つ名刹「摩耶山天上寺」がある。この寺は、比叡山の延暦寺や高野山の金剛峯寺と並び称されている。
山上へは、「まやビューライン」(ケーブルカーとロープウェーを乗り継いで十数分)で到着する。神戸市の一般財団法人「神戸すまいまちづくり公社」が運営していたが、2012年、設備の大規模修繕が必要な時期になり、まやビューライン廃止の話が持ち上がる。乗客が減少の一途をたどり、運行するほど赤字という状況だったのだ。
その時、すかさず動いたのが慈さんだった。
灘区の婦人会や子ども会、登山会などに声をかけ、「摩耶山再生会議」を結成した。自身が子どものころから裏庭感覚で親しんできた摩耶山を守りたいという思いだった。
「再生会議では、ただ署名を集めるだけでなく、『提案書』をまとめて神戸市に提出しました。摩耶山へのアクセスラインを存続させてほしい、その代わりに、山上の活性化(山上での自然観察やヨガ、廃墟マニアに人気の「摩耶観光ホテルガイドツアー」などを企画)のために地元も汗を流します、という主旨と具体案です」
面会した矢田立郎市長(当時)にもその熱意が伝わり、市役所では廃止の方向で進んでいた話が急転直下、存続となった。それまで観光客向けの利便交通としてとらえていた「まやビューライン」に、市民から親しまれている摩耶山への公共交通という位置づけを持たせ、市から一定の補助金を出すことになったのだ。補助金で賄えない分は、公社で負担するという取り決めになった。
「半ば諦めていたので、僕たちも驚きました。こうなったからには腹を決めて、摩耶山上の活性化(イベント実施などによる集客)をやるぞと身が引き締まりました」
「駅と山のふもとをつなぐバス」当初は実現不可能と思われた
山上の活性化にあたり、課題となったのが駅のある市街地から標高の高いところに位置する摩耶山のふもと「ケーブル駅」までのアクセスだ。地元で運行している市バスは三宮から六甲方面までの「東西移動」のみで、市街地から高低差が大きいケーブル駅までの「南北移動」のためのルートがなかったが、市バスを運営する神戸市交通局は新規ルートの設置に消極的だった。
そこで白羽の矢が立ったのは、神戸市を拠点とする民間バス会社・みなと観光バス。だが、社長の松本浩之さん(57歳)も当初はこう思ったそうだ。
「せっかく市長直々に南北ルートの運行を打診されたが、実現は無理かもしれない……」
松本さんは商社出身でマーケティングの知見が深く、PSM分析(価格感度分析)などを用いた路線バスの需要予測手法を確立。地域密着を強みとし、隣接する東灘区内を南北移動するコミュニティバス「くるくるバス」を運行していた。
直近では、路線バスに特化したデジタルタコグラフ(運行記録計。通称:デジタコ)の「ドコールシステム」を自社開発し、バス業界や学会からも注目を集めている。
「ケーブル駅までのアクセスは、既存の市バスの東西ルートでも十分ではないかと感じました。それに市バスには、高齢者は市から支給される敬老福祉パスを使えば半額で乗れます。(標高差のある)南北移動とはいえ、正規料金で乗ってもらえるニーズがどこにあるのかと。そこで市長に、実証実験をさせてほしいと提案しました」