白いスーツが意味するもの

アメリカ人はそもそも「夢(dream)」とか「信条(creed)」や「信念(conviction)」という言葉が大好きだ。日本ではこれらは歯の浮くような言葉に聞こえるかもしれないが、アメリカ人の多くはそういう言葉が語られることを期待しているようで、過去のアメリカのリーダーたちもこれらの言葉を自分たちの演説に盛り込んできた。

ハリス氏はスピーチの中で「100年前、憲法修正第19条が、55年前には投票権法ができ、そして2020年の今、私たちの国の新たな世代の女性たちが投票しました。投票して自分の意思を示すという基本的な権利のために闘っているのです」と述べ、100年前の1920年に憲法で制定された女性の参政権を正式に認めた条項についても触れている。

実はキング牧師の前述のスピーチにもこんなくだりがある。「100年前、ある偉大な米国民が奴隷解放宣言に署名した。今、我々はその人を象徴する像の前にたっている。このきわめて重大な宣言は容赦のない不正義の炎に焼かれていた何百万人もの黒人奴隷たちに大きな希望の光として訪れた」

奴隷解放宣言によってもたらされた黒人の権利とハリス氏が言及した女性の権利。女性であり黒人でもあるハリス氏がスピーチの中で「100年前」という言葉を使い、キング牧師の手法を取り入れていたのだとしたら、なかなかよくできたスピーチである。そして、彼女の着ていた白のパンツスーツはアメリカの婦人参政権運動Suffragistのシンボルカラーだ。また、黒人の人たちが政治的主張や精神的な思想を伝える際には、単色のファッションに身をまとうともいわれている。

「結束」を約束したバイデン氏

トランプ大統領になってからの4年間は、夢やアメリカの信条を語るというより、BLM(黒人の命も大切だ)の運動やメキシコとの国境に壁を作るといったような「分断」を象徴するできごとが多すぎた。だからハリス氏のスピーチの直後に行われたバイデン大統領候補の勝利宣言演説も「アメリカには青の州も赤の州もない。一つの合衆国があるのみだ」と、分断された合衆国を結束させる大統領になりますと強調したのだ。

今回の分断がメディアで南北戦争以来だといわれていたことをバイデン氏がどのくらい意識していたのかは定かではない。ただ、南北戦争で勝利をおさめたのは北軍で、北軍の色は現在の民主党のシンボルカラーの青と同じなので、青の州を代表するバイデン氏の勝利宣言にピッタリの比喩なのかもしれない。こんなことを書くと深読みしすぎだと怒られるかもしれないが、一つひとつの言葉が推敲をかさねた結果だとしたら、こうしてスピーチに込められた意味を想像しながら読み解くのも面白い。