入所者を「死なせない」ことが唯一の目標になっている
ケアマネのSさんは「最近、ようやく非接触型の体温計が入手できたので、だいぶ楽になりました」と話すが、悩みは他にもある。その筆頭は「介護のやりがい」だという。
「今は、これまで普通にお仕事としてやってきたことが全くできていません。外出や集団レクリエーション、家族交流の時間がなくなり、食事・入浴・排せつのお世話だけで一日が終わってしまいます。これでは、コロナで入所者を死なせないことが唯一の目標になっているようで、心苦しい。お年寄りは我慢強い人が多いので、ご自分の『あれがしたい』などという希望を控える人ばかりです。残された時間をもっと楽しく過ごしてほしいのに、これでは『ただ生かしているだけ』ではないかと思い、切ないです」
介護の質を上げるためには職員同士のレベルアップのための研修や、全体会議などが必須だが、一度に集まれるのは職員4人までという内規があり、50人いる職員の全体会議どころか、申し送りなども十分にはできない状況だという。
今はどの高齢者施設も同じような状況に追い込まれているため、このコロナ禍で転職を考えだした介護職員も少なくないようだ。
埼玉県の有料老人ホームに勤務する介護士のYさんはこう話す。
「ウチのホームではご家族からのクレームが明らかに増えました。多いのは『自由に面会させろ』という面会制限に対するもの。また、入所者さまが不慮のケガをした際、『どうして、(施設内で)転んだのか?』といった類いも。この2つの案件とも、親御さんと直接の面会ができないので、職員がご本人の体調などを電話で説明するのですが、電話では細かくお伝えできません。そのため、会えないご家族は不安になって、クレームをするという循環です」
「ご家族と会えないことで、精神的に不安定になる入所者さまもいて、対応に苦慮することもあります。明らかに業務量は増え、夜勤も多く、このままだと自分の体が持たない。もともと、介護業界はギリギリの人数で回していますが、このコロナで職員の疲弊度はさらに増しています」(介護士のYさん)
コロナ禍はガラス窓越しに一生のお別れをしなければならない可能性
先のケアマネのSさんも、日々仕事をしていて悲しく思うこととして「コロナ禍での看取り」を挙げた。
「私の施設では、現状、食欲が低下し衰弱が著しい入所者さまなどには、特別な部屋に移っていただいています。ご家族はその部屋に頭から足まで防護服を着用して入っていただきます。でも、防護服って暑いし、これでは入所者さまは家族の顔もよく見えません。これは、あまり表立っては言えませんが、8月あたりからお看取りが近いと判断された方は地域包括センターなどと連携して、在宅訪問医の協力を得ながら、在宅復帰を提案するようにしています。ご家庭内ならば、抱きしめることもさすることも、もちろん直接、声をかけることも自由ですから……」
冒頭で紹介した岩手県に住む両親を持つA子さんは、今も施設のガラス越しの面談を続けている。
「先日、見舞いに同行したいという娘(孫)がスケッチブックに『笑って!』って大きく書いてガラス越しに掲げたんです。その文字が分かったらしく、両親が泣いたような笑ったような顔を見せてくれました。老親のほうが案外、(コロナ感染対策への)順応性が高いかもしれないって思いました」
今後、親が突然重い病気で入院したり、介護が必要な状態になったりしたら……。最悪の場合、ガラス窓越しに一生のお別れをしなければならない。それもコロナ禍の現実なのだ。