イタリア人はマスクを嫌う。それはなぜか。1年の半分を東京で、残りの半分をイタリアで過ごしている漫画家で文筆家のヤマザキマリ氏は「イタリアでは約100年前のスペイン風邪という忌まわしい記憶がある。だからマスクに対する忌避感が強い」という――。

※本稿は、ヤマザキマリ『たちどまって考える』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

2020年7月28日、マスクを着けるイタリアのジュゼッペ・コンテ首相
写真=EPA/時事通信フォト
2020年7月28日、マスクを着けるイタリアのジュゼッペ・コンテ首相

「イタリア人は何かとルーズ」はまったくの誤解

イタリアでは6月3日に国内の移動制限が解除されました。新規感染者の数は抑えられましたが、7月半ばの時点で累計感染者数は24万人を超え、死者数はアメリカ、ブラジル、イギリス、メキシコに続く世界5位となりました。

イタリアでの感染爆発のニュースに、「イタリア人は何かとルーズだから、感染症のこともそれほど深く考えずに暮らしているのでは?」と思った人もいるかもしれませんが、事実はまったくの逆です。彼らは感染症を含む病気に対して神経質な一面をもっていて、夫のベッピーノも「新型コロナは風邪やインフルエンザと同じ程度のもの」という認識が日本でまだあった時期から、このウイルスに危機感を示していました。

日頃から、うちの家族たちは病気全般に慎重です。たとえば「インフルエンザが流行る」という情報を報道などから知ると、姑はすぐに薬屋に行き、家族分のワクチンを買ってきて、全員にそれを接種させます。イタリアではワクチンは薬局で購入するものであり、自分たちで接種も管理もしなければなりません。子どもに必要なワクチンも同様です。

「軽い風邪」でも病院を予約する危機管理意識

私の体調に少しでも病気の兆候が見られたりすると、イタリアの家族たちは神経質になります。「軽い風邪だから大丈夫」と本人が主張しても勝手に病院を予約し、無理矢理にでも医者に診せようとする。しかも夫の家族が特別ではなく、私が若い頃に付き合っていた詩人も、ほかの知人や友人も同様で、イタリア人は概して病気へ敏感に対応をする傾向が強い。そもそもホームドクター(かかりつけ医)のいる家が多いことも、関係しているのでしょう。

そうした危機管理意識が根付いているからか、今回の新型ウイルスにも「自分たちの命は自分たちで守っていかなければならない」という感覚が、イタリア家族たちのなかに当初からあったように思います。地方自治体や国といった、大きな組織のリーダーが先導して感染から守ってくれるだろうという希望的な観測は、もっていなかったですね。

日本人との感覚の違いは、マスクの扱いでも感じました。このコロナ以前、ほかの欧米諸国と同じく、イタリアでもマスクは普及していませんでした。わが家のケースで言えば、予防策といえば何よりワクチンがいちばんであり、体の内側から病気をブロックさえすれば、マスクのような表層的な対処は必要ない、というわけです。