なぜ息子は「マスクを外せ」と先生に言われたのか
ポルトガルで息子のデルスが現地の小学校に通っていた頃のことです。彼が咳をしていたので、マスクをさせて学校に行かせたことがありました。ところが校門をくぐってまもなく、「大げさな疫病が流行っているように見えるから、直ぐに外しなさい」とそばにいた教師に言われたからと、マスクを外して帰ってきたのです。
しかし日本で育った私には、マスクをしないことで自分の風邪やインフルエンザをまわりにうつしてしまうという懸念が強くありました。そこで「マスクをするだけでもそのリスクは結構抑えられるはずなのに、なぜ普及しないのかわからない」という疑問を夫に投げかけてみたところ、夫の答えは「感染しても、それで抗体ができるんだから、いいんだよ」というものでした。
ワクチンの接種と同様に、体の内側に抗体をつくることのほうがマスクよりも意味があるらしい。そういった認識が私のまわりでは当たり前になっていたのですが、それと同時に、イタリアでもマスクが“大げさな疫病”を想起させるものだと知りました。
色濃く残る「スペイン風邪」の記憶
おおよそ100年前、イタリアをはじめとするヨーロッパの国々で、マスクの着用を余儀なくされた時期があります。1918年から20年にかけて世界で推定5000万人以上が亡くなったともいわれ、その大半がヨーロッパの人々だったという「スペイン風邪」のパンデミックです。日本でも40万人近く犠牲になったとされますが、スペイン風邪はまさに、致死率の高い“大げさな疫病”だったのです。
現在のイタリアでも、スペイン風邪で親族を亡くした人が家族のなかに一人か二人はいるほど、そのパンデミックの記憶はまだリアルに残っています。身近なところでは、夫の母方の曾祖父も犠牲者ですが、その話はもう何度となく夫の祖母から聞かされたものでした。
当時イタリアで撮影された、とある家族の集合写真では、大人も子どもも全員マスクをつけて並んでいるのですが、その様子は尋常ではない、何か嫌なことが起こっているという不穏さに満ちていました。そのセピア色の写真を見て、マスクが欧州では即座に疫病を思い起こさせることをなんとなく理解できました。