任天堂には宮本茂さん(専務取締役)というソフト開発の責任者がいます。『スーパーマリオブラザーズ』『ゼルダの伝説』などの大ヒット作を連発したクリエーターの宮本さんも、ゲームが昔ほどはみんなに遊んでもらえなくなったと肌で感じていた。ほかにも若いころはゲームに熱中したのに家庭を持ってからは遠ざかり、つくる自分と遊ぶ自分の間に距離を感じ始めた技術者が何人もいた。
最初のころは、コンセプトに共感してくれた少数の人たちが手を動かし始め、試作品みたいなものをつくり、それを見た人が、あっ、これなら今まで考えもしなかった人がお客さんになるかもしれないねと感じて少し動きが広がり、だんだんたくさんの人が巻き込まれていった。
その動きが加速したのは、ハードとソフトの部門間に意識の境界がなく、一体となってプロダクトを生み出す固有の文化が根づいていたからです。ハードチームが新しいネタを探して試作をつくると、ソフトチームもわずか一週間で試作を仕上げ、互いに手で触りながら課題を見つけ、次の可能性を探る。これを何十往復も繰り返す中で出口に近づいていく。
棒状のコントローラーもそうです。ノンゲーマーにとって何がハードルなのか。ボタンの数か。ならばテレビのリモコンは誰も触らないはずです。結局、両手で別々の動きをしなければならないことが難題になっていたことに気づいた。十字キーにABボタンを両手で操作するコントローラーは任天堂自身が生み出した理想型です。その“両手”から離れることができたのも、丸形、星形……と山のように試作を重ね、現物に触ることで固定観念の呪縛を振り解いたからです。
商品のスペックもいっぺんでできたわけではありません。半導体も高性能化の延長上でないとすれば何ができるか。茶の間に置いてもらうには電気の大食いは禁物です。ならば超省電力か。電力消費が低ければ待機モードで24時間通電し、ネットにつなげる。ネットを通せば毎日天気予報やニュースを配信できる。
こうして『毎日何か新しいことが起きるマシン』『毎日電源を入れてもらえるゲーム機』……と次々コンセプトが加えられ、ならば家族の健康管理をするゲームはどうかといった発想へと発展していった。もしハードはハード、ソフトはソフトで別の評価軸で動いたら、ここまで非連続な世界へは踏み込めなかった。
出口が見えないときはつくりながら考える。一歩進むと根っこのコンセプトが具体的なアイデアで補強され、骨太になっていく。数え切れないやりとりの中でコンセプトが浸透し、共有され、プロダクトに結実した。重要なのは異なる部門が素早いキャッチボールを繰り返しながら同じ目標、目的に突き進むことです」