ミシュランの星に縛られて疲弊するレストラン

結局、人間って自分にとって都合のいいことばかり考えちゃうんです。だから、危機感を覆い隠して、なかったことにしてしまう。物事の本質が考えられなくなってしまうんです。

僕たちは、知らず知らず、世の中のルールや仕組みに組み込まれて生きています。飲食業界で多大な影響力を持つ、ミシュランガイドもその一つ。僕の経営するレストランも9年間一ツ星の評価をいただき、恩恵にあずかってきました。

ミシュランは、100年以上前に世界初のレストランの格付けガイドブックを出版して、グルメ界に一種のピラミッドをつくりました。三ツ星を頂点に、二ツ星、一ツ星、ビブグルマン(星はないけれどもガイドブックには載るレストラン)というピラミッド構造を世に提示し、受け入れられ、いまだに最も権威が高く信頼のおける格付けだとみなされています。星付きレストランには、お客様がどんどん集まってきます。

一方で、どんなにおいしい料理をつくっていても、ミシュランの目に留まり評価されるとは限りません。一度星を獲ったら、星を落とすのが怖くて必死で店のレベルを保とうとします。そのため、長時間労働が常態化してスタッフは疲弊。コストがかかりすぎて、廃業しなければならないレストランがあったほどです。

最優先は星を増やすことじゃない

僕の心も、以前はミシュランの星の数に縛られていました。ミシュランから評価を受けるのは本当に励みになり嬉しいのですが、星の数を増やすことが最優先になってしまっていたんです。

しかし僕自身が疲弊し、「このままじゃヤバい!」という危機感を持つようになると、僕なりのレストランの価値観をつくり上げていく方向に切り替えました。もちろん、味のクオリティを上げる努力は続けながらです。

そうすることでミシュランの価値と共存し、依存心をなくしていくことができました。あのままだったら、遅かれ早かれ店も自分も疲弊してつぶれていたでしょう。

世の中の仕組みやルールから自由になれると、自分にとって本当に大切な価値が見えてくるようになります。

さらに、大きな変化が起こりました。新型コロナの蔓延によって人の行き来が止まり、レストランとお客様をガイドブックで結ぶという仕組み自体が揺らいできています。レストランそのものの価値の根底が、覆されつつあるんです。

レストランもミシュランも、想いは一緒なんです。それは、食で人を幸せにすること。飲食業界が直面している困難に、ともに立ち向かっていかなければならないんです。