※本稿は、立花隆『新装版 思考の技術』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
自然において、万物は変わり続ける
生態学の主要な概念の一つに、遷移というものがある。実例で知ってもらうのが早い。
裸の岩石の土地があるとする。岩石に定着できる植物は地衣類だけである。地衣類が岩石につくと、岩石をほんの少しだけ浸食して、土壌をちょっぴり作り出す。すると、そこにコケ類がやってきて、地衣類を押しのけてしまう。コケ類はもっと岩石を浸食して、それだけ多くの土壌を作り出す。ある程度土の量がふえれば、その土が水分を保持してくれる。
土と水分さえあれば、小さな種子植物が育つことができる。種子植物はさらに岩石を土壌に変え、そのおかげで、だんだんと小さな植物から大きな植物が育つことができるようになる。やがて、小さな木が育ち、大きな木が育ち、森林が形成されていく。一応、それ以上は変化しないという安定した状態になったとき、それは極相(クライマックス)に達したといわれる。
大体、裸の岩石から森林が生まれるまでに1000年、伐採地や、耕作が放棄された畑が森林になるまでには200年の年月がかかるといわれている。
クライマックスは永遠につづくというわけではない。なにしろ、自然の歴史に比べて人類史はあまりにも短いので、定かなことはいえない。しかし、非常に古い森林では、老衰とでも名付けられるような現象が起きていることが観察されている。
もっともたいていの地域では、これまでのところ、老衰するにいたる前に、台風、火災などの天変地異や、人間が手を入れることによって森林の成長は中断させられている。
遷移は植物の間だけで見られるものではない。植生が変化すれば、それにつれて、そこに生息する動物の相も必然的に変化していくものである。草原には草原の、森林には森林の動物がいる。
自然においては、万物が常に変わりつづける。生々流転が自然の実相である。
人間が農耕をやめれば、いずれそこは雑木林になる
遷移はなぜ起きるのだろうか?
生物は、そのとき、そのところでの環境に最も適応したものが栄える。しかし、ある生物が繁栄すると、その生物の繁栄それ自体が別の環境を作り出す。その環境は、その生物よりも別の生物にとっての繁栄の条件を作り出す。こうして遷移は次の段階へと進み出す。
農耕という技術は遷移を人為的に妨害して、ある種の植物だけを常に繁栄させておこうとするものである。もし人間が畑の耕作や除草をやめれば、ただちに遷移は進行をはじめる。まず、いわゆる雑草が畑一面に繁茂する。翌年には同じ雑草でも、ヒメムカシヨモギ、ヒメジオンなどの、より丈の高い路傍雑草といわれる雑草が繁栄する。4~5年たつとススキ、チガヤなどのイネ科の植物がそれにとって変わり、やがて、ヌルデ、クズなどが繁茂してくる。そして、10ないし15年たつと、コナラ、クヌギなどの雑木林になってしまうのである。