鈴木宗男氏のようないかにも悪党に見える雰囲気を持った人間は、相当無理な捜査をして逮捕、起訴しても、マスメディアや国民の反発は受けなかった。堀江貴文氏の場合も、熱狂的に支持をする人が一部にいるけれども、多くの人間は、「ホリエモンは金の亡者で、いかなる手段を使ってでも金を稼ぐような下劣な人間であることが検察の捜査で明らかになる」と、犯罪者の烙印を押してしまった。
厚生労働省の村木厚子さんが無罪になったのは弁護側の方針も寄与したが、非常に異例なケースだ。やはり村木さんが悪いことをするとは見えない清廉潔白なイメージの女性官僚だったことが影響しているのではないか。公判で関係者のほとんどが捜査段階の供述を覆し、検察の描いたストーリーに綻びが出た、そういう事件のおかしさに裁判所も正面から向き合った。無罪判決後に、焦った主任検事がフロッピーディスクを改ざんしたことまで明らかになり、検察史上最大の不祥事に発展した。
東京地検特捜部が捜査した小沢一郎氏の政治資金をめぐる一連の事件は、村木さんをめぐる大不祥事(大阪地検特捜部の証拠改ざん事件)と並ぶ、検察の歴史に残る汚点になりつつある。その検察捜査の数々の問題点について、小沢氏秘書の逮捕当初から私は指摘してきた。
私は小沢氏の政策、政治手法を支持しているわけではない。2002年から03年にかけて、長崎地検次席検事だった私は、多くの政治資金規正法違反事件を捜査の対象とし、いわゆる金権政治と呼ばれるものと対決してきた。その中には、自民党長崎県連のヤミ献金問題などの立件、起訴した事件もあれば、法解釈上の問題から立件を見送った事件も多数ある。政治資金規正法の解釈や運用上の問題は知り尽くしているつもりだ。
軽微なものまで含めると、政治家の大部分が政治資金規正法の違反をしているのが実態だった。捜査を違法性が明白で重大なものに限定しなければ、当局の勝手な裁量による摘発が大きな政治的影響を及ぼすことになる。小沢氏の違反はほかと比べても悪質な案件ではなく、また小沢氏が民主党の代表で総選挙の半年前という時期に行われた捜査には、「国策捜査」という批判がつきまとった。
小沢起訴の根拠であった元秘書の供述調書の大部分が、石川知裕議員等秘書の裁判で証拠却下された。検察審査会の議決で起訴された小沢氏の公判でも同様の判断となるのは確実だ。検察官役の指定弁護人による立証の目処が立たなくなってしまった。
これまで、検察が起訴した事件では有罪率が99%を超え、まさに検察の判断が司法判断に近いものだった。しかし、小沢氏の事件では、その検察は2度にわたって不起訴処分、指定弁護士の立証が困難になるのも当然の結果だ。それを「検察であれ、検審であれ起訴は起訴」という乱暴な理屈でひとまとめに扱ってきたことに最大の問題がある。
8月6日、東京地裁で、小沢氏の公判前整理手続きがあった。検察官役の指定弁護士は大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で実刑となった前田恒彦元検事を証人申請する方針を示した。
前田元検事の証拠改ざん事件は検察・弁護側の出来レースのような形で、最小限の立証で終わった。大久保隆規氏の事件では検察は前田氏を証人申請することすらせず、供述調書の信用性の立証を諦めた。しかし、立証に使える証拠がほとんどなくなった小沢氏の事件では、指定弁護士は、前田氏がとった大久保氏の供述調書の信用性の立証をそう簡単に諦めるわけにはいかない。前田氏が証人に引っ張り出され、反対尋問では証言の信用性に関して広範囲の尋問が許されることになると、裁判所に信用性を否定された村木事件での取り調べに関して主任検察官として行った指示のこと、その他の多くの特捜事件で前田元検事の取り調べや捜査の手法についても反対尋問が行われることになりかねない。
「すべての刑事事件が法と根拠に基づいて適切に処理されている」という前提で成り立ってきた「検察の正義」が問い直されようとしている。
※すべて雑誌掲載当時