なぜ日本人が「原爆」を「平和」と言い替えるのか。早稲田大学社会科学総合学術院の有馬哲夫教授は「戦争は8月15日に終わったわけではない。アメリカの公文書には、GHQが原爆投下を正当化し、日本人に戦争責任を負わせる心理戦を行ってきたことが明記されている」という——。

※本稿は、有馬哲夫『日本人はなぜ自虐的になったのか:占領とWGIP』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

原爆が投下されて75年となる「原爆の日」を前に、原爆死没者慰霊碑に手を合わせる人たち。奥は原爆ドーム=2020年8月5日午前、広島市中区
写真=時事通信フォト
原爆が投下されて75年となる「原爆の日」を前に、原爆死没者慰霊碑に手を合わせる人たち。奥は原爆ドーム=2020年8月5日午前、広島市中区

原爆投下への怒り、憎しみをそぎ落とす心理戦

占領中にGHQは日本に対してさまざまな形での心理戦を行なっていました。検閲の他に有名なものとしてはウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)が挙げられます。WGIPとは、日本人に先の戦争に対して罪悪感を植えつけ、戦争責任を負わせるために行った心理戦の名称です。

これによって実際に日本人の心には広く「自虐バイアス」と「敗戦ギルト」とでもいうべき思考が植えつけられました(この心理戦の全貌については、新著『日本人はなぜ自虐的になったのか』に詳述しています)。

このWGIPの目的の一つは、原爆投下への怒り、憎しみを日本人が持たないようにすることでした。これは第一次資料からも確認できます。アメリカの公文書(WGIP文書)の中には、その目的の一つとして、「一部の日本人およびアメリカ人が、原爆の使用は『残虐行為』であると考える傾向をなくすこと」と明記されているのです。

数多くの市民が犠牲になることがわかったうえでの原爆投下は、当時であっても許されない戦争犯罪であり、非道な大虐殺です。しかし、そのような気持ちを持つ日本人が多いことはGHQにとっては不都合ですから、そのような目的を掲げたわけです。