「統率がとれない系統組織」をどう経営していくのか

——JAに判断を委ねるより、農中が思い切って代理店化を一律に推進していった方がJAバンクは安定しませんか?

いや、それは壮大な社会実験みたいなものです。全部が代理店になれば、それに対応したシステム設計、ビジネスモデルもあるでしょうが、全部がなることはあり得ないと考えています。(どっちつかずの状態になってしまったら、その)中間系が一番、金融機関のビジネスモデルとしてはコストが高いということになるでしょうね。

——信連があるところとないところがあります。JAの独自性を尊重するといえば聞こえはいいですが、これほど統率がとれない系統組織はありません。経営しにくいのではありませんか?

農林中金が行政機関であれば、やりにくいから「上意下達にする」ということもあるでしょうが、一番上に単協があり、さらにその上に組合員がある組織です。少々難しくても、統率という格好より、金融機関として最低限守らなければいけないルールとか、金融機関だったらこういう機能を発揮しようとかディシプリン(規律)について意見は言えたとしても、あなたのところは信用事業をやめなさいとかいうことは、まったくベクトルが逆です。問題点やそれを改善することは議論できても、組織論なり、その上の役員のガバナンスだとかいうところまで農林中金からできる性格のものではありません。統率がとれていないということなら甘んじて受けますが、そもそもそういう構造ではないということはご理解いただきたい。

——准組合や員外の利用は今後も受け入れを続けていきますか?

員外規制、准組合員規制の狙いは何かを考えてみると、もともとは農協が農家に貸さず、員外の人に貸して農家に貸すお金が無くなってしまう、本来利用できるはずの人が利用できなくならないように制限がかかっているのが、法の趣旨だと思います。いまは組合員のところにおカネがいきわたらない、支障がでるということはありません。員外利用、准組合員利用大いに結構というつもりはありませんが、地域に住み、農協で農産物を買ってくれる人が増えるのは望ましいことだし、農協が地域の金融機関として、お金を借りたい員外の人たちに仲介すればいいと考えている。

国内食品会社との取引が手薄になっているのは事実

——農業融資を増やすため、子会社として別の銀行を作ってみることは考えられませんか?

農業金融をやらなくなったら農協という組織はいったい何のためにあるのだということになるので、営農部門と一緒になってやれるような組織のままでよいと思います。農業融資だけで収支がとれるか、そういう専門機関を作っても恒常的に収支がマイナスだとすると外だしする意味をどう考えればいいのでしょう。(国がコストを補塡ほてんする)日本政策金融公庫(旧農林漁業金融公庫)と一緒ですよね。農林中金は「食」と取引する部分があって、農業金融もやる、本部制にして、PDCA(計画・実行・評価・改善)の状況をしっかり見ればいいと思います。

——グローバル投資を広げる過程で国内の支店網をリストラし、古くから取引のあった地方の食品会社との取引を打ち切ってしまった経緯もあります。取引社数などを経営目標としてはどうか。

そうした観点で食農部門のあり方を考えてみたことはありませんでしたので、その点はこれから考えさせてください。「覆水盆に返らず」ということかもしれませんが、過去20年間で、国内食品会社との取引が手薄になっているのは事実です。それを再開できるかどうか、また、農業法人とどういうふうにリレーションを作っていけるかも大きな課題だと思います。

ファミマへの出資は「輸入排除」ではない

——プラザ合意の円高で企業の海外進出が盛んになった1980年代、当時の森本修理事長は「たとえ雪印のような農中と関係の深い企業であっても外国からの輸入品増やす事業に金を貸さない」といって、企業の成長より国内農業を保護する考えでした。いまはどうですか?

そうした投資には対応します。世界の食料のバリューチェンの中にどうやって関連しながら役に立てるかということ、日本に入れる資材をいかに安くするかという観点でも対応していきます。今回、伊藤忠商事がTOBで非公開化したファミリーマートに全農と一緒に出資することを決め、これは輸入の野菜を国産に変えていく、国産の拡大をしたいという目的がありますが、輸入は何が何でもダメということではありません。

——農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)が新規事業から撤退します。農水省が失敗の原因を検証中ですが、農中も他の会社とともに準備段階から人を農水省に出向させ、出資もしてきた。A-FIVEが出す損失の穴埋めを分担するつもりはありませんか?

まったく思いもよらぬ意見です。サブファンドでうちが出している割合に応じての責任なら考えていないわけではりませんが、設立には農林水産省から請われて協力をしただけです。道義的な責任があるだろうといわれて、応じられる企業はないと思います。それを言いだせば、国との官民交流はできなくなってしまいます。

奥 和登(おく・かずと)
農林中央金庫理事長
1983年(昭58年)東大農卒、農林中央金庫入庫。11年常務理事、17年代表理事専務、2018年から現職。大分県出身。企画部門が長い。父親の故・奥登氏は1948年から半世紀にわたって下郷農協組合長(大分県中津市耶馬渓町)を務め、少量多品種の有機無栽培、畜産複合経営、産直運動などを推進した伝説的な農協指導者。「六次産業化のはしり。原風景です」という。下郷農協は2015年に全国でいち早く大分県信連に信用事業譲渡した。