【解説】海外運用で稼ぐパターンは終わった
農林中金は河野良雄前理事長時代に「2018年度JA貯金100兆円」という目標を掲げ、1年前倒しで2017年度に達成した。赤字の農産物販売事業よりも貯金を集めて農中に運用を任せれば確実に利益が出るため、上乗せ金利を払ってでも貯金を集めるJAもあった。表向き、少子高齢化の進展でリテール市場の縮小が見込まれるなか「金融業界の中で早めに一定のシェアを持っておくこと」を狙った運動ということだったが、100兆円運動は農協版のポピュリズム、農中の人気取りでもあった。
その後、伸びは緩やかになっているものの、2019年度末(2020年3月末)104兆1000億円(伸び率0.9%)へと増え続けている。「伸び率自体は2%強から落ち、地域によっては純減のところがあり、構造的には相続による貯金流出という問題もある」(奥氏)ものの、カネ余りで郵貯や地銀との預貯金獲得競争がなくなり、「貯金の流出要素があっても流れ出し方が強いわけではない」という現実がある。
「トータルでの純減は、このゼロ金利下では向こう3~5年の間は多分ないだろう」と当分は高原状態が続くとみている。昨年、系統預金に対する奨励金(利払い)をカットし、つまり貯金はもういらないと言わんばかりの方針変更は傘下の信連やJAから反発を招いたが、JAからの資金流入や調達コストの圧縮を避けて通るわけにはいかないのだ。
国産農産物購入と資金需要の開拓という一石二鳥を狙った投資
「海外で運用すれば利益が出るというパターンは完全に終わった。朝令暮改といわれても、そこは抑制していく」
奥氏ははっきりそう言った。新たな収益源は手探り状態だ。食農分野への投融資は最重点分野の1つで、最近、伊藤忠商事がTOBにより買収したファミリーマートに全農と共同で4.9%出資したことを発表している。ファミマによる国産農産物購入と資金需要の開拓という一石二鳥を狙った投資である。
ただ、農中は国際投資を拡大する過程で国内支店網をリストラし、地場の有力な食品企業との取引を打ち切った過去がある。JAと競合したり、国内農業を脅かしたりする事業への投資を断る時代も長く続いた。奥氏は「世界の食料のバリューチェンの中にどうやって関連しながら役に立てるかということ、日本に入れる資材をいかに安くするかという観点でも対応していく」と述べ、時間はかかっても食品関係の事業会社や農業法人との関係拡大に取り組むことを強調した。
英国では100年ぶりに農業専門銀行が登場すると話題になっていて、「農業専門の銀行を作ってみる気はないか」と尋ねてみた。しかし、農業融資→赤字、専門機関→旧農林漁業金融公庫と連想するあたり、食農分野への投融資を拡大するといっても、マーケット投資部門の稼ぎへの依存から抜け出す道とは位置付けていないようだ。(樫原弘志)