ビデはその後、痔の治療など医療向けに使われた。TOTOは1964年、この機器に温水洗浄と温風乾燥のついた米国社製品の輸入販売を開始、これが現在の温水洗浄便座の始まりとされる。1967年には現在のLIXILが国産初となる温水洗浄便座つき洋風便器の発売を開始した。

「ウォシュレット」を医療用でなく一般家庭に

前後してTOTOで1977年、洋風便器の出荷台数が和風便器を逆転した。便器の和洋逆転に創業から60年を費やしたことになる。時代は高度経済成長期の終盤、TOTOには「付加価値を付けた商品を出さなければ生き残れない。『ウォシュレット』を医療用ではなく一般家庭に普及させたい」という経営判断があった。

洋風便器と水洗トイレの普及を追い風にTOTOは1980年「ウォシュレット」を発売。1982年のCM「おしりだって、洗ってほしい」で一躍有名になり、国内シェア1位を不動のものとする。ほかLIXILの「シャワートイレ」やパナソニックの「ビューティ・トワレ」などの温水洗浄便座は一般家庭から商業施設やホテル、鉄道、駅舎、飛行機などの公共の場所にも設置が広がっていく。

業界団体である日本レストルーム工業会(名古屋市)によれば、普及率は2019年で80.4%、100世帯当たりの保有台数は114.4台と、1世帯あたり1台以上を保有するほどになった。

欧米のトイレは日本より「居住空間」の性格が強い

ではなぜ海外では同じ経過をたどらなかったのか。

まずトイレの話題は「秘め事」でもあり、大っぴらに語るのが難しいのは、おそらく世界共通だ。だから新製品の浸透は、「口コミで広がっていくにはハードルが高い」(LIXIL広報)、かつ時間がかかる。その根拠にTOTOは便器の和洋逆転に60年を費やした経緯を挙げる。

さらに欧米のバスルームと日本の個室トイレの「文化の違い」が横たわる。欧米のバスルームはトイレと洗面台、バスタブ、時としてビデが一つの部屋に収まり寝室のそばに設置されることが多いが、日本のトイレは小さな個室で、北向きにひっそり作られる。

バスルームのトイレ周辺には通常、電源はなく、洗浄便座を備え付けるには大掛かりな改装工事が必要になってしまう。さらにバスルームは日本の個室トイレより居住空間としての性格が強くインテリア重視。機能性重視のハイテク便座は受け入れられにくい側面があり、「装置然としたウォシュレットは売りにくかった」(TOTO広報)ともいう。